第19話

 今回の迷宮演習は四人班で行動する。

 各クラスは十六人なので、四つの班に分かれることになる。


「俺と組むよなァ、アイン?」


 ギランから肩を組まれた。

 断る理由もない。

 俺もギランとは仲良くやっていきたいと思っている。


「勿論だ。よろしく頼む」


「まあ、アインとギランが組むのでしたら、私とルルリアも加わりますわよね。仕方がありませんわ、この私の力を貸してさしあげてもよろしくってよ。ヘストレッロ家の、洗練された華麗なる剣技を、間近で見られることを光栄に思うといいわ」


 ヘレーナが胸を張る。

 以前の模擬戦でギランにボコボコにされた記憶は、彼女の中では都合よくなかったことになったようだった。


「ヘレーナとルルリアも、よろしく頼……」


 俺が言い掛けたところで、ギランが目を細めてヘレーナを睨む。


「あァ? 俺が認めてんのは、アインだけだ。あんま馴れ馴れしくすんじゃねえぞ。力を貸すだの、テメェいつも何様のつもりだ?」


「ひぃっ!? ごめんなさいですわ! お、大声で怒鳴らないでくださいませ……」


 ヘレーナが委縮し、肩を窄める。

 目に涙が浮かんでいた。

 ルルリアが彼女の肩を抱いて、落ち着かせていた。


「ギランさん、その、ヘレーナさんが余計なことを口走るのは、親愛表現みたいなものですから……」


「な、何はともあれ、ルルリアとヘレーナもよろしく頼む」


「アインがいいなら、班員については文句ねえよ。後の二人なんざ、誰だってどうでもいい」


 ギランの言葉に、ヘレーナが涙を滲ませた目を細める。


「……凶狼貴族というより、主にしか懐かない番犬みたいな殿方ですわね」


「テメェ、馬鹿にしてやがるのか?」


「なっ、なんでもないですわ! ごめんなさいごめんなさい!」


 ヘレーナが頭をぺこぺこと下げる。


「……ゴブリンは死の恐怖を味わっても半日で忘れると言いますが、ヘレーナさんは一分も持たないんですね」


 ルルリアが深く溜め息を吐いた。


 各班ができあがってから、トーマスが班に一枚ずつ地図を渡した。


「おかしいですわね。学院迷宮の地図にしては、あまりにシンプル過ぎますわ」


 ヘレーナが地図を見て首を捻る。


「班を超えた協力や、他のクラスへの妨害を抑制するため、地図には一部のエリアしか記されていない。標的であるレッドスラッグがいる場所が偏っているため、結果的に他の班と合流することもあるだろうが、あまり干渉し合わないように。他の班と地図の情報を共有するのも禁止だ」


 トーマスが俺達にそう説明する。

 なるほど、極力地図に合ったルートで進め、ということらしい。

 

「二クラスで八班だが、目的のレッドスラッグの数は六体に調整されている。普通に考えても二体足りない上に、奴らはすばしっこい。制限時間は開始より五時間だ。時間も評価に加えるため、各班内で協力して、迅速にレッドスラッグの討伐を行うように」


 なるほど、課題をクリアできるのは、八班中最大で六班ということだ。

 他にもタイムオーバーや、さっき〈Dクラス〉の担任エッカルトが話していたような、妨害目的での乱獲だってあり得る。

 更に絞られる可能性だってあるわけだ。


 俺達がトーマスの説明を聞いている間に、〈Dクラス〉の面々が既に迷宮へと入っていった。


「さあ、行きたまえ。担当クラスの結果が落ち込んだとなれば、学院内での私の面子にも関わる。お前達のクラス点が〈Cクラス〉に勝てば、私の教え方がいいということになるからな」


 エッカルトが生徒達の背へとそう声を掛けていた。


「……おい、エッカルト。公平性を保つため、同時に始めるのが決まりだったと思うが?」


 トーマスが顔を顰め、エッカルトを睨み付ける。

 エッカルトは嫌味な笑みを浮かべ、トーマスの顔を覗き込む。


「何を言っている? 君の劣等クラスが、あんまりに愚図で遅いから、こうせざるをえなかったのだよ。君の手際の問題だ。学院長に気に入られているからって図に乗っていたら、劣等クラスの受け持ちに落とされた、憐れなトーマス君よ」


「説明をしている様子も、地図を配布している様子もなかったが? 公平性のため、迷宮演習の詳細や地図は、直前に生徒達に公開する。そういうことになっているわけだが……」


「言い掛かりを付けるんじゃないよ、劣等クラスのトーマス君。君が苦しい立場なのは、重々承知しているがね」


 エッカルトはトーマスの肩を叩き、彼に顔を近づける。


「そんな馬鹿正直なことばっかりやってる無能だから、下級貴族どころか、平民の混じった掃き溜めの担当することになるんだよ。これが賢さだ、トーマス君」


 エッカルトは声量を落としてそう言うと、高笑いを上げて離れていった。

 トーマスは眉間に皴を寄せて彼の背を睨んでいたが、短く舌打ちを鳴らした。


 俺はトーマスへと近づいた。


「すまない。俺のせいで……」


 トーマスが〈Eクラス〉に配属されたのは、俺が原因だったはずだ。

 学院長のフェルゼンが、俺とネティア枢機卿に気を遣い、信頼のできるトーマスを〈Eクラス〉の担任に置いたのだ。


「それを口に出されちゃ、フェルゼン学院長の首が飛ぶぞ。お前さんの義理の親は、相当おっかない人だと俺も脅されてるからな」


 トーマスが小声で呟いた。

 ネティア枢機卿のことだろうか?

 少し厳しいくらいで、任務が絡まなければ身内には基本的には優しい人なのだが……。 


「担任の質が、クラスによって分けられてるのは事実だ。〈Aクラス〉、〈Bクラス〉には、次代の王候補が来たりだってするんだからな。高いクラスに配置されることを、そのままステータスだと考えてる奴もいる。だが、俺は別にそんなもんは気にしねーよ」


 なるほど……上位貴族に失礼な真似はできないため、自然と少しでもいい教師を、ということになるのだろう。

 しかし、そこから考えると、事情があって回されたトーマスではなく、エッカルトが〈Eクラス〉を任されるはずだったのではなかろうか……?

 いや、エッカルトは平民や下級貴族が嫌いのはずだとギランも言っていたので、そう考えるとフェルゼンがさすがに外すかもしれないが。


「何にせよ、これ以上出遅れるわけにはいかんな。説明は手短ではあるが、既に終えている。質問のない奴は、すぐに班員と共に迷宮へ入れ」

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