第18話
「なるほど、ここが地下迷宮か……」
学院の地下室に、大きな金属製の扉があった。
周囲の壁には、魔物除けの魔法陣が刻まれている。
「今回の迷宮演習は、四人班を作ってもらう。地下一階層奥地に出没する、レッドスラッグの火属性の魔石を持ち帰ること、それが課題だ」
トーマスの言葉に、ヘレーナが表情を歪めた。
「ス、スラッグ……」
スラッグとは、蛞蝓の魔物である。
ぬめりけのある太い身体をしており、長い二つの触角を有する。
手足はなく地面を這っているだけなのに、何故か異様に速い。
種類が多く存在し、バナナスラッグと呼ばれる真っ黄色の個体から、マーブルスラッグと呼ばれる斑模様を持つ個体、ゴールデンスラッグと呼ばれる黄金の個体も存在すると聞いたことがある。
「私の村、たまにスラッグを食べてましたね。水抜きしてから漬物にするんです。美味しかったなあ」
ルルリアの言葉に、ヘレーナがドン引きしていた。
「平民の食生活は度し難いですわ」
「私も作り方は知っているので、機会があったらご馳走します!」
ルルリアが得意げにそう口にする。
俺は〈幻龍騎士〉の間、食に華を求めたことはなかった。
乾燥パンや干し肉ばかり食していた。料理、という言葉は自分とは縁のないものだった。
そのため学院に来てから、見栄えや味を気にして作られた料理の数々には驚かされたものだ。
〈Eクラス〉の学生に出される料理は、他のクラスに出されるそれよりも劣るという。
だが、この学院での食事は、俺の大きな楽しみの一つであった。
だが、スラッグはちょっと食べられる自信がない。
さすがにこの申し出は断りたい。
しかし、ネティア枢機卿よりいただいた〈アイン向け世俗見聞集〉には、こんな一節があった。
―――――――――――――――――――――
親交を深めたい相手の好きなものを否定するのは好ましくない。
特に文化、中でも食文化を否定するのは、相手との間に大きな隔たりを作ることになる。
相手の常識や趣向に驚かされることがあっても、まずは恐れずに挑戦し、受け入れる姿勢を見せることが親交を深める鍵となる。
―――――――――――――――――――――
……ここで断るわけには行かない。
「あ、ああ、機会があったら頼む」
「ええ、任せてください!」
ルルリアがにこにこと笑顔で応じてくれた。
「……アイン、貴方、人がいいのはわかるけれど、さすがにもう少し後先を考えた方がよろしくってよ」
ヘレーナが、青い顔で俺へとそう忠告した。
「お前達、今回の迷宮演習は、クラス点の差を縮める、最初の大きな好機になる。今の寮棟で満足していないのなら……卒業時に、ちょっとでも騎士に近いラインに立っておきたいのならば、ここでしっかりと頑張ることだな」
トーマスはそう言って、宙へと指を向けた。
「
空中に、光の文字が浮かび上がった。
―――――――――――――――――――――
〈Aクラス〉:279
〈Bクラス〉:229
〈Cクラス〉:191
〈Dクラス〉:169
〈Eクラス〉:139
―――――――――――――――――――――
現在のクラス点だ。
どこのクラスも、大きくは変わっていない。
大きな実技演習も筆記試験もなかったため、授業中のちょっとしたおまけや減点程度だからだろう。
「今回の迷宮演習は、結果に応じて最大で八十点の加点がなされる。もしも〈Dクラス〉が大きなヘマをすれば、ここで一気に差が縮まることもあり得る、というわけだ。特に、今回その可能性は高い」
トーマスはそこまで言って、ちらりと俺達の背後へ目を向けた。
俺も自然、視線が後ろへと向いた。
ぞろぞろと、学生の集団が俺達の許へと向かってきた。
その先頭には、〈Dクラス〉の担任であるエッカルト、そしてカンデラが立っている。
カンデラはすっかり〈Dクラス〉の代表のような面をしていた。
エッカルトは蛇のような目で俺達を見回し、嘲笑を浮かべた。
「〈Dクラス〉諸君、話していた通り、今回は劣等クラスとの合同になる。標的であるレッドスラッグの数は、事前に我々教師が調整している。あまり狩り過ぎて、ただでさえ落ちこぼれの劣等クラスからクラス点を奪い過ぎないことだ」
エッカルトが、生徒へと含みのある笑みを向ける。
カンデラ達はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
……俺としては、迷宮演習を素直に楽しみたいのだが、どうやらそういうわけにもいかなさそうだった。
また何か仕掛けてきそうな雰囲気だった。
「一応言っておくが、今回の演習は、直接的な妨害は禁止だ。あちらさんの言うようなレッドスラッグの乱獲についてはルール内だが、一年生は学院迷宮に入るのは、この演習が初になる。教師陣が手出しし辛い迷宮内であることもあって、死傷者を出す大事故に繋がりかねないからな。破った場合には、大きな罰則が課せられることも覚悟しておけ」
トーマスが俺達にそう説明する。
「ハッ、今回差が縮まる可能性が高いっていうのは、そういうことか」
ギランは〈Dクラス〉を睨みながら、そう呟いた。
片方のクラスが結果を出せば、もう片方のクラスが沈みやすい。
だから差が縮まりやすいと、トーマスはそう言ったのだろう。
だが、それだけではない。大敗すれば、大きく差が引き剥がされることにも近づきかねない。
さすがクラス間の競争を煽っているだけはある。
早速〈Eクラス〉と〈Dクラス〉をぶつけてきたわけか。
ギランの目は、生徒よりもエッカルトに向けられているようであった。
俺が不思議に思ってギランを見ていると、ギランは気まずげにエッカルトから目を逸らした。
「……エッカルトは、親父が嫌いな大貴族と仲がいい。そして、入学時の俺の剣術試験の担当だった」
ギランは複雑そうな表情でそう言った。
つまり、ギランがあれほどの腕を持っていながらこの〈Eクラス〉に落ちたのは、エッカルトが直接の原因というわけだ。
「俺が言うと私怨が入っちまうが、エッカルトは血統主義を拗らせた差別主義者で、とんでもねぇクソ野郎だ。何するかわかんねぇ。アインとルルリアはカンデラの馬鹿が嫌いらしいが、あんなのよりエッカルトを注意しておいた方がいいぜ」
「らしいな。アレは、バレないと思ったらなんでもやるタイプの人間だ」
俺は小さく頷いた。
犯罪者を多く相手取って来たため、そういう人間は何となくわかる。
俺とギランの様子に、ルルリアが息を呑んで頷いた。
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