第14話
俺はルルリアの打ってくる剣を防いでいた。
たまにルルリアが予期していなさそうな方向から不意打ち気味に剣を振るって反撃しつつ、速度を調整して対応できる範囲に留める。
しばらく打ち合った後、ルルリアは肩で息をしながら下がった。
「す、すいません、少し休憩を……」
「もう少し相手の動きをしっかり目で追った方がいいな」
「なるほど……ありがとうございます」
因みに俺が使っているのは、王都レーダンテに来た際に街で買った市販品である。
普段〈幻龍騎士〉として使っていた剣は、ネティア枢機卿より賜った、値の付けられないものばかりだからだ。
業物だと知れれば面倒なのもあるが、〈怒りの剣グラム〉で手加減をするのは難しいし、〈死呪剣サマエル〉は事故を起こせば大量の死者を出しかねない。
他の二本、〈神滅剣ミミングス〉と〈運命の黄金剣ヘ・パラ〉はもっと危険で、決して人里で抜いていい代物ではない。
「そういえばルルリア、途中意識が逸れていたな。気になるものでもあったか?」
俺が問うと、ルルリアはちらりと俺の背後へ目をやった。
「その……アレ……大丈夫でしょうか?」
ヘレーナとギランが打ち合っている。
……というより、ヘレーナが一方的に攻撃されていると言った方が正しそうだ。
ギランはヘレーナを甚振るように、速度の乗っていない力任せの剣を叩き付けるように振るっている。
技術がないのではなく、明らかに遊んでいた。
身体能力や技術以前に、〈魔循〉に差があり過ぎて戦いになっていない。
ギランはそれを理解した上で弄んでいる。
ヘレーナはギランの剣に弾かれつつどうにか必死に防いでいたが、表情を見るに既に心が折れているようだった。
確かにギランは危険そうな雰囲気の男ではあった。
ただ、まさか模擬戦で相手を潰すような剣筋を振るうとは思っていなかった。
「止めた方がよさそうだな」
俺が歩いて近づいたとき、ギランが剣を大きく振りかぶった。
ヘレーナは全くガードが追い付いていなかった。
さすがに止まるかと思ったが、ギランはそのままヘレーナの腹部へ、剣の腹を打ち付けようとした。
斬られはしないだろうが、あの勢いで腹部を打たれれば充分重傷になる。
俺は間に滑り込み、ギランの刃を刃で防いだ。
ギランが驚いたように三白眼の目を見張る。
ヘレーナは剣を投げ捨て、さっと俺を盾にするように背後へと回り込んだ。
「あああ、あの御方っ! 完全に私をぶっ殺すおつもりでしたわ!」
「さすがに今のは不味いんじゃないのか? ギラン」
「訓練中の事故くらい、よくあることだろうがよ。こんなもんでいちいち騒いでんなら、騎士になるのなんてとっとと諦めちまった方がいい」
「殺さないように、刃を傾けたな? 事故ではなく明らかに故意だ」
ギランと俺の刃が弾き合い、ギランが下がった。
「ほう? 咄嗟に飛び込んだ割りに、よく見えてるじゃねえか。で、それを証明できんのか?」
「証明するかどうか、じゃないだろう。せっかく同じクラスなんだから、もう少し仲良くする姿勢を見せたらどうだ?」
俺としては、ギランの態度が理解できなかった。
俺は生まれてから十五年間、まともに話をしたのは〈幻龍騎士〉の他の三人と、ネティア枢機卿だけだった。
だからネティア枢機卿の気紛れで俺が学院に入れることになったのは嬉しかったし、なるべく多くの友人を作ろうと息巻いていた。
だが、ギランはどうやら、全くそういった気はないと見える。
「ハッ、有り得ねえなァ。劣等クラスの雑魚共と馴れ合うつもりはねぇよ」
「劣等クラスって……お前も、同じクラスだろう。気に入らないのなら、トーマス先生が言っているようにクラス点を上げれば、校内での扱いも大きく変わる。そう説明していただろう?」
「俺は違う。こんな雑魚共と一緒にされて、気分が悪い」
ギランは吐き捨てるように言い、俺を睨み付ける。
実際、ギランの言っていることがただの思い上がりだとは思えなかった。
剣には自信があると豪語していたヘレーナが、明らかに弄ばれていた。
「何はともあれ、無用に孤立してもお前が損をするだけだぞ。事故でも何でも、大怪我を負わせそうになったのに変わりはないんだ。ヘレーナに謝ったらどうだ?」
「そっ、そうですわそうですわ!」
ヘレーナが俺の背後から野次を飛ばす。
ギランに睨まれ、そっと俺の背に再び潜り込んでいた。
「俺は男爵家の者だぜ? 平民崩れの騎士爵相手に下げられるような、軽い頭があると思ってんのかァ?」
ギランは俺の言葉をつまらなさそうに聞いていたが、何か思いついたのか、口から犬歯を覗かせて笑みを浮かべた。
「が、いいだろう。条件がある。模擬戦でお前が勝ったら、頭でも何でも下げてやるよ。俺と戦え。だが、お前が負けたら、平民の分際でこの俺様に余計な口を挟んだことを、土下座して詫びてもらうか」
「待て、何故そうなる」
「雑魚ばっかの劣等クラスで模擬戦なんてやってられるかと思ってたが、多少はマシな奴がいるとわかったからなァ。でも、いいんだぜ? 敵わないと思ってんなら、逃げちまってもよ」
まあ、それで納得する、というのならば構わない。
「わかった、引き受けよう」
ヘレーナが俺の背を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、止めておいた方がいいですわ! この私が敗れたのよ! 平民の頭は軽いでしょうけれど……この御方、きっと、お互い無傷で済むような戦いでは、負けを認めませんわ。〈魔循〉の練度も高そうでしたから、なまじ本気にさせたら、大怪我に繋がりかねなくってよ」
「大丈夫だ。少し、稽古を付けてやるだけだ」
「随分な自信じゃねえか。楽しみだなァ、オイ」
ギランが舌舐めずりをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます