第13話

 講義の模擬訓練があり、俺達はクラスで訓練場へと訪れていた。

 トーマスの指示の許、訓練のためのペアを作っていく。

 このクラスは十六名であるため、八つのペアができる。


「剣術試験の時と同じだ。相手を打ち倒すことより、長く打ち合うことを意識しろ」


 トーマスがそう指示を出す。


 俺は自然とルルリアとペアを組んでいた。

 最初に話した相手なだけあって、お互い気楽なのだ。

 それに、貴族相手はどうにも壁がある。

 平民の多い〈Eクラス〉に入ることになったのを恥だと感じているらしい。


「おおっ、お手柔らかにお願いしますね!」


 ルルリアは剣の構えがガチガチに硬くなっていた。


「たかが訓練なんだから、そう緊張しなくても……」


「す、すいません、アインさんを相手にすると思うと……!」


「ちょっとアイン、私とペアを組んでもよろしくってよ!」


 高い声に振り返ると、ヘレーナであった。


「悪いが先約がいるんだ」


「だったらペアを解消しなさい! 貴族の令嬢であるこの私が言っているのよ!」


「……騎士爵の令嬢というのは、あんまり聞かない言い方ですね」


 ルルリアは剣を下ろして俺達の方へと歩みながら、そう小声で漏らした。

 ヘレーナが眉根を吊り上げてルルリアを睨む。ルルリアはびくりと肩を震わせ、誤魔化すように苦笑いした。


「でもヘレーナさん、別にアインさんに固執しなくとも……」


 ルルリアはそう言いながら周囲を見回す。


「仕方がないわね。別に貴女が相手でもよろしくってよ、ルルリア。お父様は生まれには恵まれなかったけれど、剣の腕だけで騎士爵になったのよ。その息女である私の剣が、〈Eクラス〉成績トップである貴女にも通用することを教えて差し上げるわ」


 ヘレーナが挑発的な笑みを浮かべ、剣先をルルリアへと向ける。

 なんだ……?

 俺を個別で指名した割には、別にルルリアでもよかったらしい。


「もしかしてヘレーナさん……その、ペア決めにあぶれたんじゃ……」


「そそそ、そんなわけがないじゃない! 平民の分際で、貴族である私になんて言いがかりをつけるのかしら! 無礼よ無礼! ここが学院じゃなかったら、とんでもないことになっているわよ貴女!」


「ご、ごめんなさい……」


 ヘレーナとルルリアのやり取りを他所に、俺は周囲で余っている人間を探していた。

 偶数人数なのだから、一人あぶれるということはあり得ないのだ。

 まだペアのできていないクラスメイトがいるはずだ。


 離れたところに、床に座って俺達を睨んでいる男がいた。

 茶髪の男で、鼻の頭の上に傷跡がある。

 獰猛な魔物を思わせる、鋭利な三白眼であった。


「なんだ一人いるじゃないか。おい、そこのお前。ヘレーナが相手がいなくて、困っているんだ。組んでやってくれないか?」


 俺が大声を上げると、ヘレーナがムッとしたように俺を見る。


「アイン! 別に私は、相手に困っていたわけじゃ……!」


 ヘレーナはそれから男を見て、顔を蒼褪めさせた。


「ちょっ、ちょっと、アレは駄目なのよ! ギラン・ギルフォード。凶狼貴族、ギルフォード男爵家の子息よ。下手に揉めたら、貴方、殺されるわよ! 私だってゴメンなんだから!」


「凶狼貴族……?」


「当主の父親がぶっ飛んだ奴なのよ。上位貴族と口論になった際に、相手を半殺しにしたなんて噂もあるわ。ギルフォード男爵家は、階級を重んじる貴族の中で、異端の逸れ者なのよ。私だって、伯爵以上の子息に靴を舐めろと言われたら、喜んで舐めるくらいの覚悟でこの学院に来たのよ」


「……お前の心構えを話されても参考にはならんのだが」


「あそこの子息なんだから、本人だってヤバイに決まってるわ。見てみなさいあの眼、既に二、三人くらい殺してるわよ」


「お前の偏見はともかく、貴族事情に詳しいんだな」


「フン、当たり前じゃない。貴族は社交界が全てなのよ。特に私みたいな弱小貴族は、貴族事情の荒波を読み違えたら、そのまま波に呑まれて沈んじゃうんだから。地雷を避け、強者に媚を売る。貴方も騎士になって、貴族入りを目指している身であれば心得ておくことね。先輩として忠告してさしあげるわ」


 俺は卑屈なのか不遜なのかわからないヘレーナの戯言を聞き流しながら、三白眼の男、ギランへと手を振った。


「おい、早く来い。ぼさっとしてると、クラス点を引かれたっておかしくない。個人の成績だってあるだろう」


「こっ、このド平民! 私の話、聞いていたのかしら!」


 ヘレーナが俺の襟を掴む。


「模擬戦くらいで怯え過ぎだ。禍根が残ることは起きようがないだろう」


「ハァ……仕方がないわね。私が折角忠告してあげたっていうのに。ま、いいわ。ルルリア、貴女相手じゃ訓練にもならないだろうけれど、騎士の父を持つ私が、遊んであげるわ。私、筆記と魔術はそれはもうぐちゃぐちゃだったけれど、剣術が評価されてここに立っているのよ。そのことを骨身に教えてさしあげましょう」


 それは自慢になるのか……?


「こんな平民だらけの底辺クラスどころか、〈Dクラス〉でだって剣術だけならトップになれる自信があるわ」


 その馬鹿にしている〈Eクラス〉で総合力で最下位手前であることを彼女は自覚しているのだろうか。


「ヘレーナ、ルルリアは俺と模擬戦をするんだぞ。お前は、あの男とだ」


「んん?」


 ヘレーナは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「ちょ、ちょっと待って、冗談じゃないわよ! 凶狼貴族の子息よ!? あそこの家は、貴族社会で個人の暴力で我が身を守ってるようなヤバイところなのよ!」


 ヘレーナは目に涙を湛え、俺の袖を両手でがっしりと掴む。


「剣技はこのクラス一番の自信があるんだろう?」


「あっ、あいつは例外よ! 凶狼貴族の子息が、弱いわけないじゃない! 多分、文字の読み書きができなくって、このクラスに落とされたんだわ! ちょっと、貴方、私の下僕になるって言ったじゃない! 主が替われって言ってるんだから、替わってくれたっていいじゃない!」


 ギランは俺達を睨んだまま立ち上がった。


「そこの女、剣にゃ自信があるんだって? いいだろう、こんな劣等クラスの講義には期待してなかったが、ちっとは遊んでやるよ」


 眉間に深く皴が寄っている。

 ギランは明らかに殺気立っていた。

 ヘレーナから一方的に遠くからあれこれ言われていたのが癪に障ったのかもしれない。

 ヘレーナの顔からは、表情が失せていた。

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