第12話

「どういうことなのか、説明していただきますわトーマス先生!」


 教室に入って席に着くなり、ヘレーナはトーマスへとそう叫んだ。


「あんなオンボロ部屋で、しかも共同の大部屋なんかで、貴族であるこの私に生活をさせるおつもりなのですか!」


「この学院のルールだ。嫌なら辞めてもいいんだぞ。毎年、入学してすぐに、〈Eクラス〉の貴族の中から辞める生徒が出てくる。俺らにとっては風物詩みたいなものだ」


 トーマスは淡々とそう返す。

 ヘレーナが顔を顰めていた。


 ヘレーナの親は一代貴族の騎士爵。

 彼女が騎士になれなければ平民に落ちることになる。


 騎士学院を出たからといって騎士になれるわけではない。

 領主の私兵や商隊の護衛、傭兵になる者も多い。

 卒業生の大半が騎士になる、この王立レーダンテ騎士学院を去ることは、ヘレーナにはできないだろう。


「う、うう、ううう……。貴方達は、何か思うところはありませんの!」


 ヘレーナは、近くに座っていた俺を見た。


「俺は地下迷宮や戦地で眠った経験も多い。少し古いというだけで、あそこはいいところだ。魔物もいないし、矢も飛んでこない。休眠の場としてそれ以上が必要か?」


「必要ですわ! 貴方、いいところの基準が安全かどうかしかないんじゃなくって!?」


「それに大部屋にも期待している。少し楽しみなくらいだ」


「貴方とは感性が違い過ぎて、参考にならなさそうですわね……」


 ヘレーナは溜め息を吐き、俺の隣のルルリアへと目を向ける。


「正直、皆さんがそう憤っている理由が、私にはあまりわからないんです。私の家はもう少し古かったので。大部屋とは言いますが、このクラスの女子は五人だけですから、そう気にしなくても大丈夫ですよ」


「……平民の貴方方に聞いたのが間違いでしたわね」


 ヘレーナは口を尖らせて言う。


「寮棟前でも言ったが、寮棟には入れ替え制度がある。半年置きに、クラスの成績であるクラス点によって寮棟の入れ替えを行っている。実力主義を重んじる、我が王立レーダンテ騎士学院ならではの制度だ。ここ数年は、やや形骸化しつつあるがな」


 トーマスはそう説明する。

 寮棟前で言っていたのはこのことだったらしい。


「クラス成績……? クラス点……?」


 ヘレーナが首を傾げる。

 トーマスは宙へと指を向ける。


初歩魔術ランク1〈ワード〉」 


 空中に、光の文字が浮かび上がった。

 トーマスは宙に数字を刻んでいく。


「ウチでは個人成績とは別に、クラス点を付けている。講義態度や筆記試験、実技演習なんかでな。そうやって連帯感と緊張感を持って、自己研鑽に励みながら学院生活に臨んで欲しいというわけだ。クラス点は王国騎士への推薦の際にも考慮に入るが、寮棟や寮の付属食堂の室にも関わる。学院としては、そうやって生徒達の頑張る目先の理由を、少しでもわかりやすい形で用意してやってるんだ」


「な、なるほど……結果を出せば、王国騎士への推薦を得られて、まともな寮棟へも移住できるというわけですわね」


 ヘレーナは覚悟を決めたようだったが、しかしトーマスの説明には違和感があった。

 言っていることはわかるが、クラスごとの対抗というのは無理がある。

 そもそものクラス分けが入学時の成績なのだ。

 個人あらばともかく、全体で大きく結果が変わるとは考え難い。

 俺は別に構わないと思ったが、〈Eクラス〉だけ明らかにランクが下がっていたのも気に掛かる。


「よし、これを見てくれ。これが現時点でのクラス点だ」


 トーマスは魔術で宙に書いたのを指で示した。


―――――――――――――――――――――

〈Aクラス〉:243

〈Bクラス〉:215

〈Cクラス〉:189

〈Dクラス〉:163

〈Eクラス〉:137

―――――――――――――――――――――


 最初からクラス順に並んでおり、大きな差ができている。

 特に〈Aクラス〉と〈Eクラス〉では、百点近い差が開いている。

 いや、この数字、覚える。

 頭の中で記憶の限りは概算してみたが、やはり同じもののようだ。


「どっ、どういうことですわ! どうしてこんなに、最初から差が……!」


「入学試験の平均点だな」


「なっ……!」


 入学試験での三つの試験の合計得点は、合否発表の石板で公開していた。

 薄っすら覚えている数字を当て嵌めればその裏付けも行える。


「よくわかったな……その通りだ」


 トーマスが少し驚いたように口にする。


「アインさん、本当に記憶力いいんですね」


「俺だって全部正確に覚えていたわけじゃない。せいぜい半分くらいだ」


「それでも異様だと思いますけど……」


 しかし、これで学院側の意図は何となくわかった。

 クラスは入学試験の成績順なので、ただでさえ順当に行けばこの形で差ができていくだろうに、入学試験の成績をクラス点に反映させた意味。

 そして、わざわざ生徒に見せる最初の点数を、入学試験のクラス平均点という分かりやすいものにした意味。


 上の者の優越感を煽り、下の者の劣等感を煽る。

 徹底的に生徒に実力を意識させ、競わせるのが目的なのだろう。

 わかりやすいペナルティとして衣食住の中心である寮を用いているのも、その一環だろう。

 だが、実際には、ちょっとやそっとではクラス点が覆らないようになっているはずだ。


 厳しい制度ではあるし、道徳的だとはあまり言えない。だが、効果はあるのだろう。

 学院長のフェルゼンは、そうした変わった制度を導入することで学院のレベルを引き上げたといわれているらしい。


「ただ、ぶっちゃた話だ、この制度は形骸化しつつある。ウチの学院も、年々上位貴族への優遇が強まってきている。厳しい学院生活に上位貴族の生徒達が耐えられるよう、わかりやすい下を作って他のクラスの留飲を下げさせる。それが〈Eクラス〉の実態だ。クラス点の順位自体も、競争意識と仲間意識を煽りつつ、成績を意識させるためのものでしかない。実際にこの順位が変動することはない。予定調和の、やっぱり〈Aクラス〉は凄いんだというためのレースでしかない」


 トーマスはばっさりとそう言い切った。

 予想はしていたことだが、そこまで明言するのかと俺は少し驚いた。


 ヘレーナを筆頭に、クラス内の数人の学生は、茫然と口を開けてトーマスを睨んでいる。


「そ、そんな……。それじゃあ結局、順位の変動は望み薄だと、そういうことですの!?」


「いや、だが、今年に限っては下剋上が臨めると、俺はそう考えている。〈Dクラス〉は、学院が〈Eクラス〉行きにできなかった中位貴族の子息が多い。総合的な実力であれば、ほとんど変わりはないはずだ。個人を見ても、〈Dクラス〉の上位層と対等以上に戦えそうな生徒が数名混じっている。現状が不満ならば、年内に〈Dクラス〉を倒せ。期待しているぞ」


「担任とはいえ、随分と肩入れしてくれるんだな」


「俺は学院の今の、血統主義が蔓延しつつある空気は好きじゃない。学院内政治に巻き込むようで申し訳ないが、お前達ならば奴らに一泡吹かせられると思っている」


 俺の質問に、トーマスはそう返した。

 学院も一枚岩ではないらしい。

 色々な思惑の結果、実力主義のための制度が、半端に血統主義に寄っているように思える。

 

 俺としてはクラス点にはあまり関心はない。

 騎士団への推薦も、寮棟の件も興味がないからだ。

 平穏に学院生活を堪能できればそれでいい、争いごとなど求めていない。

 ただ、クラス点の不調が続けば、クラス内の空気も暗くなるはずだ。

 最悪、不仲に繋がることも考えられる。

 あまり実力を出さない程度に、クラスの一員として多少の補佐は行っていた方がよさそうだ。

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