第11話

 合否発表の後日、クラスに分かれて担任について、寮へと荷物を運び込むことになった。

 俺達〈Eクラス〉の担任は、第二試験の試験官であったトーマスだった。


 トーマスとは、学院長のフェルゼンへ挨拶に向かった際にも顔を合わせた。

 移動中、気まずげに俺の方をチラチラと見ていた。


「トーマス先生と何かあったんですか?」


 ルルリアが俺へと尋ねる。


「いや、特に何もなかったと思うが……」


 別にフェルゼンとの顔合わせの際にも、トーマスとはほとんど話していない。


 しかし、あのとき、試験の実結果を確認できてよかった。

 本当に実結果で合格ラインだったのか疑問で、何となく気持ち悪かったのだ。

 フェルゼンは全て満点だったと教えてくれた。

 ネティア枢機卿と顔見知りだったらしいので俺に気を遣ったのかもしれないが、それでも正反対の結果は口にしないだろう。

 それなりに高得点にはなっていたのではなかろうか、と思う。


「流石、レーダンテ騎士学院ですね! 見たこともないような立派な建物がいっぱい並んでいます! 寮棟もきっと凄いところですよ!」


 ルルリアが落ち着きなく周囲を見回す。


 各クラスごとに寮棟は決まっており、〈Eクラス〉の寮棟には〈Eクラス〉の全学生の生徒が集められているそうだ。

 とはいっても、階層が違うので関わることはほとんどないそうだが。


「ハア、平民はこれしきのことで騒ぎ過ぎですわね。これだから田舎育ちは」


 その声に、ルルリアがムッとしたように振り返る。

 俺も彼女に続いて背後へ目を向けた。

 サラサラとした、金のセミロングの髪の女だった。


「ここは天下の王立レーダンテ騎士学院、この程度の建造物は当たり前でしょうに。ま、貴方方には過ぎた学院であることは否定しませんが」


「お前は……」


「ヘストレッロ騎士爵家のヘレーナですわ。不本意ながら、貴方方と同じクラスというわけです。ルルリアに、成績最下位のアイン、だったかしらね」


 騎士爵か……。


「王国騎士になった平民に与えられる、一代限りの名誉爵位ですね。貴族と認めていない貴族の方が多いはずですし、そこまで私達と変わりませんよ」


 ルルリアが小声で俺へと言った。


「聞こえていますわよ」


 ヘレーナが目を細める。


 ヘレーナは自身が騎士になれなければ、平民になってしまう。

 是が非でも騎士になりたいところだろう。


 平民はほぼ〈Eクラス〉に集められているようだったが、それでも〈Eクラス〉の大半は貴族である。

 それだけ入学する貴族の割合自体が多いためである。

 しかし、大貴族の子息を最低クラスには持って来づらいはずだ。

 必然的にこのクラスはヘレーナのような下級貴族が多いのではなかろうか。


「同じクラス同士、よろしく頼むヘレーナ」


「ハッ、平民と対等など、有り得ませんわね。ただ、私の下僕になるというのなら、認めてやらないこともないですわよ。この学院では、平民への風当たりが強いですからね。私の下に着けば、安全を保障してあげましょう」


 ヘレーナは薄い笑みを浮かべる。

 ルルリアは露骨に不快そうな顔をしていた。


「ああ、仲良くしてくれ、ヘレーナ」


「い、いいんですか、アインさん!?」


 ルルリアがショックを受けたように表情を歪める。

 俺が了承したのが意外だったらしい。


「俺はこの学校で、一人でも多く友人を作りたいと思っている。貴族との間には垣根があるかと思っていたが、向こうから来てくれるのは嬉しい。それに、人の下に着くのは性に合っている。そんなに嫌いではない」


「……下僕って言ってましたよ? 本当にいいんですか?」


「ハッ、賢い平民ですわね、アイン。従順な平民は可愛がってあげますわ」


 ルルリアが俺の耳許に口を寄せる。


「……それに、この方、アインさんの順位のことを揶揄してましたけど、確か七十九位でしたよ。七十位台は平民で固められていたのに、家名持ちが一人だけ混じっていたので、気になって覚えていたんです」


 言われてみれば、見覚えがある気がする。

 俺の一つ上だったか。

 俺の入学成績はネティア枢機卿が最下位で固定するように頼んでいたらしいので、下手したら真の入学成績最下位なのかもしれない。


「聞こえていますわよ、そこの女」


「ルルリア、そういう判断はよくないと思う。成績と人柄は関係ないだろう」


「ほう、平民の分際でいいことをいいますわね、アイン。私の一番の下僕にしてさしあげますわ」


「……アインさん、でも先に成績のことを持ち出したのはヘレーナさんですよ?」


 三人で話している間に、俺達を先導していたトーマスが足を止める。


「着いたぞ、ここがお前らの寮棟だ」


 トーマスの声に、顔を上げる。


 他の優雅な建物とは打って変わったボロ屋敷が出てきた。

 壁の塗装は剥がれており、窓ガラスが割れたところにテープが巻かれているのが見える。

 わざとやっているのではなかろうかと言いたくなるようなオンボロ具合であった。


「クラスによって変わるとは噂で聞いていましたけど、ここまでだとは」


 ルルリアが苦笑いを浮かべる。


「どどど、どういうことかしらトーマス先生! なぜこんな廃屋なのよ!」


 ヘレーナがトーマスへと食って掛かる。


「どういうこと、も見た通りだ。ここがお前達、〈Eクラス〉の寮棟だ。朝と夜は備え付けの食堂で食べることになるが、まあ、寮相応だと言っておこう。因みに別の寮は個室だが、〈Eクラス〉のみ大部屋だ」


「ふざけないで頂戴! だ、だ、だってこれ……こんな……!」


 ヘレーナの言いたいことはわかる。

 明らかに〈Eクラス〉の寮棟だけ古びている。

 意図的に、極端に冷遇しているとしか思えない。


「見るがいい皆、あれが劣等クラスの寮棟だ。面白いであろう?」


 遠くから聞こえた声に、目を向ける。

 黒に近い緑色の髪をセンター分けにした、蛇のように残忍な目をした男がいた。

 どうやら教師らしい。

 

「ええ、全くですエッカルト先生。この学院の底辺共を収容しておく檻ですから、あのくらいが丁度いいのかもしれませんね」


 傍らで笑っているのは、カンデラであった。

 ということは、エッカルトという男は、〈Dクラス〉の担任であるらしい。

 カンデラ以外の学生達も、俺達を見て笑っていた。


 劣等クラス……か。

 どうやら入学成績下位の学生を集めた、〈Eクラス〉のことを言っているらしい。


 ヘレーナは顔を真っ赤にし、〈Dクラス〉の一派を睨んでいた。


「言いたいことがあるのはわかるが、まずは荷物を運び込め。教室に移動してから、この辺りについて説明してやる。お前らが納得するかはまた別だがな」


 トーマスはざわつく学生達へと、あやすように口にした。


「納得するわけがありませんわ! だ、だってこれ、これは流石にあんまりじゃありませんか!」


「ずっとあの寮棟を使うのかは、お前達次第だ」


「そ、それはどういう意味かしら?」


「だから、そこについても、教室で説明してやる。ここは〈Eクラス〉の寮棟とは言ったが、正確には誤りだ。寮棟には、入れ替えの機会がある」


 トーマスはそう言うと、こちらを嘲笑っている〈Dクラス〉の方へと意味深な薄笑いを向けた。

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