第9話

 入学試験より数日後、俺は再び王立レーダンテ騎士学院を訪れていた。

 合否の発表が行われるのだ。


 学院の壁の中で、巨大な石板に布が被せられていた。

 あそこに合格者の名前が刻まれているらしい。


「あっ、アインさん!」


 声が聞こえて振り返れば、ルルリアの姿があった。

 ルルリアは人混みを掻き分け、俺の許へと駆け寄ってくる。


「試験以来だな」


「いや、良かったです。他に話せる人がいないので、不安が大きくて……。それに、もしかしたら、会えるのは今日が最後かもしれませんね」


 ルルリアは自信なさげにそう零す。


「大丈夫だ。問題視していた最後の剣術試験も、上手く行ったのだろう?」


 元々の試験官だったカーズは俺が退場させたため、ルルリアの担当は別の試験官となった。

 その人は騎士ではなく、元々の学院の教師だった。

 言動からして真っ当そうな人であったし、ルルリアも特に大きなミスもなく打ち合いを終えていた。

 ……まあ、カーズに比べれば、世の大半の人間が真っ当そうな人に分類されるだろうが。


「試験では、充分に実力を発揮できたとは思っています。ただ、私の実力が元々、入学ラインに届いていたかというと……」


 ルルリアは不安げな様子だった。

 無理もない。平民はかなり不利に採点されるという噂だった。


 周囲へ目をやる。

 皆、ピリピリした様子で石板を睨んでいる。

 名前があるかないかで、人生が左右されかねないのだ。

 必死にもなるだろう。


 その中に、人一倍表情の険しい男がいた。

 まるで石板を布越しに透視せんがばかりの形相だった。


「頼む、頼む……上位に入っていくれ……。もし上位クラスから落ちていたら、父様がどんな顔をするか……」


「大丈夫ですよ、カンデラさん。父親が、学院に多額の寄付金送って牽制してくれたんでしょ? いいなあ」


 カンデラとデップだった。


「上位クラス……? ルルリア、何のことかわかるか?」


「え……アインさん、知らないんですか?」


 ルルリアが意外そうに口にする。


「……試験や世俗の学習で、実は学院の下調べが充分ではない」


「世俗の、学習……? アインさん、もしかして山暮らしか何かだったんですか?」


 世俗の学習は言わない方がよかったか。

 つい、口に出てしまった。


「入学試験の成績順でクラス分けが行われるんですよ。クラスによって寮の棟が変わるらしいのですが、結構露骨に差が付けられているそうです。卒業後の扱いなんかも結構露骨に変わる……みたいな噂を聞いたんですが、これはちょっとよくわかりませんね……。私なんかに入って来る情報も、その、知れているので……」


 そんな制度があったのか……。

 だが、俺はどこに入っても不満はない。

 卒業後も、姿を晦まして〈幻龍騎士〉に戻るだけだ。


「一学年八十人で、五クラスだったか?」


「ですね。A、B、C、D、Eに分かれていて……成績順なのですが、Aには上級貴族が、Eには下級貴族が集まることが多いらしいですね。魔術や剣術の訓練を受けられる環境の違いもあるとは思いますが……」


 ルルリアはそこまで言って言葉を濁した。

 言いたいことはわかる。上級貴族の顔を立てるための調整が行われているのだろう。

 試験間にも、そういうことを匂わせる雰囲気はあった。


「一番下に配属された伯爵家の子息が、癇癪を起こして入学を辞退したこともあるそうですね。まあ、私は勿論入れるならどこだって喜んで飛び込みますが……」


 そういう事件もあれば、学院側も上級貴族を立てざるを得ない面もあるのかもしれない。


「では、十六位ごとにクラスが変わるわけか」


 だとすると、カンデラの言っていた上位クラスとは、成績トップ十六位までの〈Aクラス〉ということか。

 カンデラの様子からして、名前と共にクラスも発表されるのかもしれない。


 と……そのとき、一羽の巨大な金色の梟が、石板の上へと降り立った。

 梟は大きく翼を広げる。


『コレヨリ、王立レーダンテ騎士学院ノ合格発表ヲ行ウッ! 押シ合ウンジャネーゾ、半人前共! コノ場デピーピー泣キヤガッタラ両眼啄ンデヤッカラ、落チタ負ケ犬ハ、黙ッテ帰ルコッタ!』


 頭に、甲高い声が響いた。

 魔技の一つである〈念話〉だ。


「今の、あの梟が……?」


 ルルリアはきょとんとした顔で、梟を見上げていた。


 梟は足の爪で布を掴み、飛び上がった。

 石板が露になった。


―――――――――――――――――――――

一位:297:カプリス・アディア・カレストレア

二位:251:テオドール・テロシャン

三位:248:アリス・アシャール

―――――――――――――――――――――


 クラスも発表されるのかとは思っていたが……まさか、順位をまともに出してくるとは思っていなかった。

 順位の横の数字は、恐らく試験の点数だろう。

 三つの試験で合計三百点だったはずだ。


「あ、あれ……一位、アインさんじゃないんですね?」


 ルルリアが不思議そうに口にする。


「……いや、それはそうだろう。俺は第二試験で的に当てれていないし、第三試験でも自分から打ち込めないまま終了になったからな」


「そ、そうですけど、でも、さすがに……」


 ルルリアが首を捻る。

 急に声を上げるものだから、てっきりルルリアが落ちたのかと思ってしまった。

 俺は石板の下へと目をやった。


―――――――――――――――――――――

七十九位:126:ヘレーナ・ヘストレッロ

八十位:119:アイン

―――――――――――――――――――――


 俺はほっと息を吐いた。

 ネティア枢機卿の話通り、最下位に俺の名前があった。

 俺は卒業の際には姿を消す身であるため、不用意に目立たないようにと一番下の成績で入れてもらうことになっていた。


 ……しかし、少し罪悪感がある。

 ルルリアに言った通り、俺の試験結果はぐだぐだであった。

 自信を持てるのは第一の筆記くらいだ。

 本当の結果で通っていたかは怪しい。


「あー! あっ、ああっ! ありました! 私の名前! ありました!」


 ルルリアが目に涙を溜めながら、歓喜の声を上げる。

 余程嬉しかったのか、俺の袖を掴み、石板を指で示す。


「ほっ、ほら! 見てくださいアインさん! 見てくださいってば! あの、六十五位! 六十五位です!」


―――――――――――――――――――――

六十四位:152:カンデラ・カマーセン

六十五位:151:ルルリア

六十五位:151:ギル・ギランフォール

―――――――――――――――――――――


 確かに六十五位にルルリアの名前があった。

 六十五位……ということは、ギリギリで俺と同じ一番下のクラスに配属されることになるのか。


「同じクラスらしいな。ルルリア、よろしく頼む」


「ええ、クラスは別ですが、入学してからもよろしくお願いします!」


 ルルリアはぐっと握り拳を突き上げてそう口にした。


「ん? 同じクラスだぞ」


「え……? アインさん、一番上のクラスじゃないんですか……? そ、それに、〈Eクラス〉帯にも名前、ありませんけど」


「一番下だ。ギリギリ引っ掛かってよかった」


「ほ、本当です……。う、嘘、なんで……? アインさん、魔術試験も剣術試験も、凄かったのに……」


「いや、どっちもグダグダだったからな。魔術試験は二回外して終わり、剣術試験は評価担当が倒れたまま終わってしまった。どうにか下に滑り込めて幸運だった」


「う、うーん……アインさんと同じクラスになれたのは嬉しいですけど……で、でも、なんだか可哀想です! 実力なら、絶対に〈Aクラス〉に入れるくらいあったはずですよ!」


 ルルリアはそう言ってくれるが、俺は生憎クラスのランクとやらには興味がない。

 むしろ上に行くほど殺伐としていそうだ。


 俺の目的は元々学院生活を楽しむことだ。

 ネティア枢機卿からは世俗と社交を学べ、とも言われている。

 どちらもクラスのランクは関係ない。


「ふっ、ふざけるな! この僕が〈Dクラス〉だと……? こんなの、父様にだって恥を掻かすことになる! 学院は、カマーセン侯爵家を馬鹿にしているのか! 僕を誰だと思っている!」


 そう声を荒げて憤っているのは、カンデラである。

 負傷していたため、第三試験で思うような結果を出せず、そのことが大きく足を引っ張っていたのだろう。


 カンデラはさっき順位が見えた。

 僅差でルルリアの上だったのを思い出す。

 恐らく、せめて〈Eクラス〉に入れないように、という配慮があってギリギリ〈Dクラス〉になったのだろう。


「でも、お陰で俺と同じクラスですよ」


「馬鹿かデップ、それが何かの慰めになるとでも思ってるのか?」


「あ……でも、俺の方が順位上だ。俺、カンデラさんに勝ったんですね」


 デップが少し嬉しそうに言い、カンデラに首を絞められていた。


「あの試験直前の怪我さえなけりゃ、僕は〈Aクラス〉に入っていたはずなんだよ! クソ!」


「で、でもカンデラさん、剣術試験の点数が上がっていたとしても、〈Aクラス〉はギリギリ入れなさそうじゃないですか?」


「お前やっぱり僕を馬鹿にしてるのか!?」


 カンデラとデップが揉み合っているところから、俺はそっと視線を外した。

 ……まあ、あの二人が同じクラスでなくてよかった。

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