第8話

「は、わかったかい? これが僕とお前の差だ。僕はこんな身体でも、剣術試験で満点に近い高得点を取るのは難しくないってことさ! それに引き換え、お前達はどう足掻こうと、ここで終わるんだよ。馬鹿が、平民の分際で、この僕相手に楯突いた罰だ」


 カンデラが俺の背後で大声で笑う。


 ……なるほど、試験官が実の兄であるため、点数なんてどうとでもなるということか。

 形式上、試験の点数の基準は、試験官の判断に全て任せられる。


 受験者が実の兄に審査を受けるのは避けさせるべきだと思うが、こういったことを学院は黙認しているのだろう。

 散々実力主義だとは聞いていたのだが、蓋を開ければこういった行為が横行しているとは。

 俺はともかく、ルルリアのような人間が可哀想だ。


「そっちの女の子から来なさい。たっぷり可愛がってあげよう」


 カーズが含み笑いを浮かべながらそう言った。


 ルルリアはびくりと身体を震わせたが、口をきゅっと縛り、前へと出た。

 だが、俺は彼女より一歩前に出た。


「ア、アインさん!」


「君……何の真似かな?」


 カーズが薄目で俺を睨む。


「いや、先に行かせてもらいたい。それだけだ」


「そっちの子がいいなら別に構わないか。さあ、剣を抜くといい」


 ルルリアが心配げに俺を見る。

 俺は彼女を振り返らず、剣を抜きながら前に出た。


 弟のカンデラもかなり極端な思想の持ち主だった。

 カーズもそうであることは、先のやり取りからも明らかだった。


 カーズに正当な審査は期待できない。

 この男にルルリアの最終試験を担当させるわけにはいかない。

 ここで退場してもらう。


「この試験は打ち合いを想定していてね、寸止めが推奨されている。だが……真剣を用いた、実践形式の試験だ。当然事故というものは付き物だし、多少の怪我では責任を問われることはない。遠慮なく斬り込んできてくれ」


 カーズは俺と向かい、口許を歪めて笑った。

 明らかにこちらに遠慮なく斬り込ませるための言葉ではなかった。

 俺に脅しを掛けてきている。

 カンデラとデップも、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を眺めていた。


「〈魔循〉は終わったかな?」


「確認してもらわなくても、必要なときにはすぐに出せる」


「ほう、そりゃ凄い。有望株だ!」


 カーズは正面から斬り込んできた。

 刃の競り合いになり、そのままカーズは俺に顔を近づけ、小声で声を掛けてくる。


「弄んで潰してあげるよお。どこまで君が競り合いを保てるか、楽しみだ。さあ、どんどん力を上げていくぞ!」


 カーズの加えてくる力が大きくなってくる。

 腕にマナを集中させている。


「これでも耐えるなんてねえ。じゃあ、ちょっと本気を見せちゃおうかな?」


 カーズの力がどんどん重くなる。

 だが、俺はそのまま支え続けた。


 カーズの表情が、苛立ったように歪む。


「……ピクリとも動かない? 何故だ?」


「そんなものか」


 カーズは俺の言葉に、眉間の皴を深める。


「思い知らせてやろう。マナを膂力の強化に特化させる魔技、〈剛魔〉をね。これが騎士の力……才能と教育が充分に合わさった者のみに許された力。平民では決して届かない領域だと、身の程を知るがいい」


 カーズの纏うマナの気配が変わった。

 カーズの筋肉が微かに膨張して張り、膂力が急激に跳ね上がる。

〈魔循〉のマナを、膂力特化に切り替えてきたのだ。


 だが、無論、それでも剣は動かない。


 カーズは目を見開き、背後へと大きく跳んだ。


「な、なんだ、特殊な魔技か? なぜだ? 平民以前に、入学もしていないガキ相手に、なぜこの私が力で押し切れない? 私の方に、何か問題があるのか?」


「思い知らせてくれるのではなかったのか? 身の程を」


 俺の言葉に、カーズが目を釣り上がらせた。

 怒りで優し気な仮面が完全に剥がれている。


「いいだろう、教えてやるともさ。〈軽魔〉!」


 またカーズの纏うマナの気配が変わった。

体重を軽くし、速度に特化するつもりだ。

 身体を重くする〈剛魔〉では、俺を捉えられないと判断したらしい。

 カーズは床を蹴り、飛ぶように迫ってくる。


「対応できるものならばしてみせるがいい!」


 俺はカーズの剣を刃で防ぎ、彼を背後へ受け流す。


「す、凄い……」

「なんだあの速さ……これが、現役の騎士……」


 受験生達が、カーズの〈軽魔〉を見て息を呑む。

 それを聞いてか、その後も打ち合いを続けていると、別の試験官が走ってきた。

 俺の第二試験の担当でもあった、教師のトーマスだった。


「おい、カーズさんよ。何を熱くなってる! 受験生相手に、魔技を使う道理がどこにある! 相手を死なす気か!」


 トーマスが叫ぶ。


 カーズは無視して、速度を上げて飛び掛かってくる。


「なぜ、なぜだ……! これでは、この私が晒し者ではないか!」


 俺は寸前のところでギリギリ対応できたかのように装い、刃で防いでいく。

 カーズは速さを意識するがあまり、動きが乱れつつあった。


〈軽魔〉を剣技に活かすには、細かくマナを切り替える必要がある。

 マナが〈軽魔〉のままでは、剣に体重が乗らず、軽くなるからだ。

 相手に打っても弾かれる。

 その細かい制御の連続が、余計にカーズの集中を乱し、彼から技術を奪っていた。


 元々、〈軽魔〉を何度も連続して戦闘に組み込むスタイルは珍しい。

 相手から逃げたり、戦地を移動したり、そういった使い方が多い。

 マナの流れを切り替えるために結局隙が生じるためだ。

 カンデラもその傾向があったので、カマーセン侯爵家の流派なのだろう。

 だが、この戦法に付随する弱点へのケアが十全にできているようには見えなかった。


「ここだな」


 俺はカーズの剣の柄を、自身の剣の柄で弾いた。

 カーズの手許から剣が離れ、柄が彼の顎を強打した。

 舌を噛んだらしく、口から血が飛び散った。


「ウブッ……!」


 カーズは派手に床の上に倒れる。


「馬鹿な……こんな……何が、何が起きたんだ……?」


 俺を見上げ、わなわなと身体を震わせていたが、意識が途切れたらしく、白眼を剥いて動かなくなった。

 顎を揺らせば、骨を通じて脳が揺れる。

 当て方次第では、頭部を狙うより容易く意識を奪うことができる。


 止めに入ってきたはずのトーマスは、茫然とカーズを眺めていた。


「お前……何を……」


「いや、俺は何も……。ただ、手を滑らせたように見えたが。倒れたときに、頭を打ったのかもしれない」


「お前は、まさか、この騎士の〈軽魔〉が見えていたのか?」


「我武者羅に躱しただけだ。この人も、魔技を見せてくれただけで、本気で俺に剣を振るっていたわけではないんだろう?」


 俺はそう白を切った。

 あくまで事故を装うため、俺の動きが外部に絶対に見切られないタイミングを待った。

 カーズが本気で剣を振っていたかどうかも、本人次第でしかない。

 剣を交わしていなかった外部に、断言できるはずもなかった。


 トーマスは、俺とカーズへと交互に目をやった。

 それから屈み、カーズの容態を確認する。


「完全に伸びてるな……。一時中断だ、別の試験官を立てる。受験生は待機していろ」


 俺が頷くと、トーマスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「……お前の評価は、俺が付ける。試験終了だ」


 それは困る。

 俺はただでさえ、第二試験で盛大にしくじっている。

 今の戦いは、なるべく穏便にカーズを退場させるため、俺は防御行動しか行っていない。


 第三試験では、カーズを退場させた次の試験官相手ではしっかりとアピールを行い、確実に高得点を取ったという確証を持ちたかった。

 ネティア枢機卿に合格は保証してもらっているが、自力で合格ラインに立っていたという確信がどうしても欲しいのだ。


「最初からは見ていなかったはずだ。打ち合っていた試験官でなければ、正当な採点は下せないのではないのか? 趣旨が変わってしまうはずだ」


「……それは不要だ、下がれ。お前の番号と名前は、第二試験の際に覚えている。受験票を出さなくて結構だ」


 ……しくじった。

 よりによって、駆けつけてきたのが第二試験の試験官とは。

 元々俺に対する心証はよくなかったのだろう。

 俺に時間を割いてくれるつもりはないらしい。


 カンデラは蒼白した顔面で、慌ててカーズへと駆け寄ってきた。


「ににに、兄さん!? ちょっ、ちょっと、何してるの!? 僕の試験まで終わってないのに! こっ、こんな身体で、まともな剣術試験なんて受けられるわけないじゃないか!」


 カンデラは転びそうになり、デップに身体を支えられていた。


「ちょ、ちょっと兄さん、目を覚まして! 成績上位で入学するはずだったのに、剣術試験の点数がロクにもらえなかったら、入学さえ怪しくなるんだけど!?」


「小僧、下がれ。試験官は変更だ。それから、身内贔屓への処罰はここ数年じゃロクに行われちゃいないが……そう堂々と口にされたら、こっちも対応せざるを得なくなるかもしれんぞ?」


「う、ううう……」


 カンデラが唸り声を上げる。

 トーマスはカーズの肩を担ぎ、訓練場を出ていった。

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