第7話

 第三試験は剣術試験である。


 現役の騎士を招き、真剣を用いた立ち合いを行う。

 この試験の中では魔術の行使は認められていない。

 純粋に剣の技量を見る試験なのだ。


 俺とルルリアは共に訓練場へと移動した。


 俺達を担当してくれる騎士は、藍色髪の長髪の男であった。

 背が高く、身体もがっしりしている。


 騎士の正装を身に纏っていた。


「騎士の中には、血統主義で、平民が騎士を志すこと自体を忌避している人も多いんです。試験もあまり公平に行ってもらえないかもしれないと……そう噂で耳にしました。ですけど、この人なら大丈夫です!」


 ルルリアが自信満々に断言する。


「知っている騎士なのか?」


「いえ! ですが見てください、あの優しげな目を!」


 長髪の騎士は、切れ長の目をしていた。

 確かに優しそうに見えなくもないが……それは、大した根拠と言えるのだろうか?


 しかし、なんだろう、あの顔、どこかで見覚えがある気がする……?


「何はともあれ、第三試験はあの男を倒せばいいんだな」


「……あの、一応言っておきますが、勝つことを前提とはされていませんからね? 現役騎士が本気になったら、私達なんかじゃまともに太刀打ちできませんよ。向こうも手を抜いて、打ち合いが成立するようにしてくれるんです。その上で、剣の技量を評価してくださるんです。ほら、あんな感じに……」


 長髪の騎士が、他の受験生と打ち合っていた。

 両者共に〈魔循〉を使っている。


「どうした? 防戦一方になっているぞ」


 長髪の騎士は戦いながら、相手に細かく助言を出している。

 指摘された部分をカバーできるかどうかも点数の判断対象になるのだろう。


 受験生は終わってから汗だらけになり、立つのがやっとという様子だった。

 だが、長髪の騎士は汗一つ掻いていない。


「いい剣筋だった。君はきっと入学できるだろうね」


「は、はい、ありがとうございます……」


 受験生はお礼を口にし、よろめきながら移動する。


「あの方……入学前なのに〈魔循〉を完全に使いこなしていましたね……。アインさんはまた何か違うので例外として、ここまで他の受験生の方もハイレベルだったなんて……」

 

「俺は別枠なのか……? しかし、今の奴よりも、カンデラの方が技量自体は上だったように思う」


「カマーセン侯爵家といえば、騎士の名門ですから……。カンデラは性格こそアレでしたが、剣の技量自体は本物だったはずです。性格こそアレでしたが。あっさり蹴飛ばしたアインさんがおかしいんだと思いますが……」


 ルルリアは性格こそアレを二回言った。

 やはりかなり頭に来ていたらしい。


「でも、アインさんにボコボコにされて大怪我してましたから! きっと試験を受けるどころじゃなかったはずですよ。ざまあ見ろです!」


 ルルリアはしゅっしゅっと、宙を殴る動作を見せる。


「誰の性格がアレだって?」


「それはあの、馬鹿貴族ですよ!」


 ルルリアは後ろから聞こえた声に振り返り、顔を真っ蒼にした。


 俺達の後ろには、包帯塗れのカンデラが立っていた。

 左肩をデップに支えられている。


「クク、カマーセン侯爵家の人間がこの学院に入れないなんて、あってはならないことだからねえ。身体を引き摺ってだって出てくるというものさ」


 カンデラは俺を睨みながらそう口にした。

 眉間に青筋が浮かんでいる。

 俺達を見て、内心穏やかではない様子だ。

 しかし、ここで再び騒ぎを起こすつもりはさすがにないらしいと見える。


「そんな身体で、まともに試験を受けられるか?」


「第一も第二も、身体状態には大きく左右されない。そもそも、教師も騎士も、僕の家とは関係のある者ばかりだからね。知らないのかな? 魔術と剣術だけじゃなく、筆記の点数にも忖度が入る。採点に露骨な誤りや調整が入るのは、どこの学院も同じなのさ。ここだって例外じゃない。ちょっとくらいマイナスがあったって、僕は痛くも痒くもない」


 ルルリアは気にしすぎかと思ったが、どうやらかなり大々的に行われていたようだ。

 ここ王立レーダンテ騎士学院は公平で平民にも入学資格を与える、実力主義だと聞いていた。

 しかし、結局は度合いの大小の話でしかないのかもしれない。

 どうしても関係者の大半は貴族になるのだし、学院内政治次第で方針が変わることもあるだろう。


「……死に物狂いで頑張ったって細い道でしかない人が大半なのに、最初から入学が保証されてるなんて」


 ルルリアが口惜しそうに零す。

 貧しい中で必死に努力してきたルルリアにとって、カンデラの言葉はある程度わかっていたこととはいえ、さすがにショックだったのだろう。


「……なんでアインさんも顔を逸らしているんですか?」


「い、いや……なんでもない……」


 ……俺もネティア枢機卿に口利きしてもらっているので、それが通っていれば入学はほぼ確定しているはずなのだ。

 そういう面で、俺は立場上この件ではカンデラに強く出れない。


 多少点数に補正が掛かるのと、そもそも結果を無視して入学が決まっているのとでは、後者の方が悪質性は高いだろう。

 たかだか侯爵家の無言の圧力と、この国の裏の支配者であるネティア枢機卿の命令では、そもそも強制力が異なる。


「……何にそんなに落ち込んでいるんですか?」


「本当になんでもない……」


 考えなしに、ネティア枢機卿の提案を軽々しく受けてしまった。

 余計な配慮は無用だ、実力で試験に挑みたいと伝えておくべきだったのかもしない。

 ルルリア達の話では、平民はかなり下目の点数を付けられるらしい。

 俺は魔術試験は二回外して終わっているので、合格ラインに届かないことも充分考えられる。

 そうなった場合、不当に一人不合格になることになる。

 それはルルリアのような不利な状況で必死に努力してきた人間かもしれないし、彼女自身になるかもしれないのだ。


 いや、引き下がれない以上、間違いなく合格ラインに達していると、自分で確信を持てる結果を残すしかない。

 魔術試験では失敗だったが、この剣術試験では結果を出さなければならない。

 幸い、俺達の担当騎士は、ルルリアのお墨付きの優しそうな人だ。

 平民相手でも公平めの結果を出してくれる可能性は高い。


「兄さん、このゴミ二人だよ。僕に卑劣な手で大怪我負わせた上に笑い物にしてくれた、不快な平民っていうのはさ。わからせてやってくれないか?」


 カンデラの言葉に、試験官の優しげな目と口が、嗜虐的に歪んだ。


「ほう、それはそれは、私の弟がお世話になったようだねえ」


 ルルリアはその言葉を聞いて、露骨に顔を引き攣らせた。


 俺もこの騎士の顔は、どこかで見たとは思っていた。

 髪色と目の形が、カンデラとほとんど同じだった。


「大事な弟の知人らしいから、一応自己紹介しておこうか。私は学院の剣術試験を手伝うために来た、王国騎士のカーズ・カマーセンだ。王家にとっても、毎年優秀な騎士を輩出する学院は重要だから、こうして我々騎士が視察を兼ねて訪れるんだ。私はここの卒業生でもあるからねえ」


 試験官の騎士……カーズは、慇懃な笑みを浮かべて俺へと顔を近づけた。


「大事な試験前にウチの弟に大怪我を負わせてくれた件もあるが、私は元々、神聖な騎士学院に平民の溝鼠が入ること自体に反対なんだ。覚悟しろよ、雑魚が。二度と剣を握ろうなんて、思い上がった考えができない身体にしてやる」


 他の人間に聞かれることを嫌ったのだろう。

 カーズは俺の耳元で、小声でそう口にし、舌舐めずりをした。


 なるほど、びっくりするくらいルルリアの勘は外れたらしい。

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