第6話

 第二試験は魔術試験である。


 八メートル離れた先の的に三回魔術を放つ。

 当たったかどうかだけではなく、試験官が目視で威力や速度から発動者のマナの出力量を測る。

 要するに魔術の練度や制御、マナの出力量が試されるのだ。


 やや髪の長い、だらしなそうな男が試験官だった。

 淡々と受験者に指示を出し、メモを取っている。


「ここで頑張らなきゃです……」


 ルルリアはバンバンと自分の顔を叩いていた。


「何をしているんだ?」


「気合を入れているんですよ、気合を」


「なるほど?」


 あまりよくわからなかったが、俺もやってみた。

 パチパチと自分の顔を叩く。


「入りましたか、気合?」


 これも世俗の文化なのだろうか。


「すまないがまだ習得できそうにない。練習しておこう」


「いえ、そういうものじゃないので……」


 ルルリアが困ったように口にする。


「私、実は火と水の二重属性デュアルなんです。しっかりここでアピールして、ちょっとでも点数を稼がないと……」


二重属性デュアル?」


「魔術属性を二つ持ってるんです。高位貴族の中にもほとんどいない、特異体質だそうです。なので、聞いたことがなくてもおかしくはありませんよ。一説によれば、伝説の大魔導士クロウリーは四重属性カルテットだったそうです。ちょっと信じられないですよね」


「いや、それは知ってるんだが……」


「あ、すいません……。何だかその、変な自慢してるみたいになっちゃいましたね」


 ルルリアが慌てふためきながら釈明する。

 ……俺が相手取ってきた敵には三重属性トリプルくらいだと珍しくなかったのだが、黙っておいた方がいいだろう。

 更に言えば〈幻龍騎士〉には七重属性パーフェクトがいたが、これも言っても信じてもらえそうにはない。


「魔術はまともに使えないんだ。あまり極端なヘマはしたくないんだが……」


「アインさんにも苦手なものはあるんですね。ちょっと意外です」


 俺の身体は錬金術や呪術で弄られている。

 特にマナの出力を引き上げられている。

 その影響は〈循魔〉を筆頭とした身体能力の強化には役立っているが、魔術を行使する際にどうしても乱れてしまうのだ。


 俺の前はルルリアだった。

 

「次はそこの、桃色髪の嬢ちゃんだな。悪いが平民は厳しめに付けるように言われてるから、しっかり気張れよ」


「おいトーマス!」


 試験官の男が小馬鹿にしたように笑いながら言い、別の試験官から睨まれていた。

 トーマスというのが、俺達の担当試験官らしい。


「取り繕うより教えてやった方が優しいだろ? さて、〈ゴーレム〉……と」


 試験場に魔法陣が展開され、人間大の土人形が姿を現した。

〈ゴーレム〉は土人形を生み出す、中級魔術ランク3だ。

 あれが魔術試験の的としているらしい。


下級魔術ランク2〈ファイアスフィア〉!」


 ルルリアがゴーレムへ手のひらを向ける。

 放たれた炎球はゴーレムの頭部へと当たっていた。

 ゴーレムの顔が焦げて、剥がれていた。


「ほう、正確さも速さも威力もなかなかだ。いいぞ、二発目を撃て」


 トーマスは目を瞬かせ、意外そうに口にする。


下級魔術ランク2〈ウォーターガン〉!」


 ルルリアの放った水の直線が、ゴーレムの顔面から腹部の当たりへと放射された。

 ゴーレムの顔から腹部に掛けて、水の放射によって深い溝ができていた。

 

「入学前から大した制御力……いや、それより、二重属性デュアルとは。見縊っていたらしい」


 トーマスの様子を見て、ルルリアはほっと息を漏らしていた。


 ルルリアは三発目の魔術に〈ファイアアロー〉という、炎の矢を射出する魔法を使っていた。

 打撃力より貫通力に特化した魔術だ。

 敢えて別の魔術にしたのは、広い魔術の練度を高めているアピールだったのだろう。

 トーマスにも好感触の様子だった。

 なるほど、ああいう感じでいけばいいのか……。


「どうにか、ミスを出さずにできました……。アインさんも、頑張ってください!」


 ルルリアが笑顔を浮かべながら戻ってきた。


「おい、次、お前だ。早く来い、さっさと進めたいんだ」


 俺はトーマスに番号票を見せ、ゴーレムへと魔術を撃つ所定の位置へと移動した。


 魔術制御は苦手なのだが、やるしかない。

 遠距離でも魔技で事足りるため、これまでさほど鍛錬も積んでこなかったのだ。

 俺はぺちんと頬を叩いて気合とやらを入れてから、また造り直された新しいゴーレムへと目を向けた。


下級魔術ランク2〈ダークボール〉!」


 魔法陣を展開させる。

 黒い光の塊を生じさせる。


 俺が扱えるのは闇属性のみだ。

 元々は火属性だったらしいが、その頃の記憶は俺にはない。

 物心ついた頃には、身体に施された魔術の影響でこうなっていた。


 トーマスは眠そうな目で俺を見ていたが、俺の手許の魔弾が膨張するに連れ、段々と目を大きく開いていった。


「おい、お前! それ止めろ……!」


 ゴーレムへと撃ち出したつもりだったが、魔弾はほぼ斜め下方に向かい、かなり手前の地面へと着弾した。

 轟音と共に黒い爆風が巻き起こり、地面が大きく抉れた。

 何事かと、周囲が一斉に俺を見た。


「な、なんだ、今の馬鹿げた威力は……」


 トーマスの手から、メモが落ちた。


 い、一撃目は盛大に外してしまった。

 ゴーレムは無傷でケロッとしている。

 二発目でどうにかするしかない。


 やはり制御は無理だ。

 ゴーレムに当てるのではない。

 範囲魔術にゴーレムを巻き込むつもりで行った方がよさそうだ。


 元々、試験にはしっかり合格ラインで入りたかった。

 だが、魔術試験で三回外して終われば、合否が怪しいラインでさえなくなる。

 あからさまに不合格だったはずだと周囲から疑われかねない。


 俺は目を瞑り、息とマナを整える。

 時間が掛かる上に安定しないので実践的ではない上、威力がセーブできないので悪目立ちしかねないが、背に腹は代えられない。


 トーマスは茫然と〈ダークボール〉によって抉れた地面を眺めていたのだが、慌てて俺へと向き直った。


「お、おい、お前、何をやる気だ! 一旦止めろ!」


特級魔術ランク5〈アビスブレイク〉!」


 前方に大きな魔法陣を展開した。

 魔法陣が段々と漆黒の光に覆われていき、大爆発を引き起こした。

 試験会場が激しく振動し、悲鳴が飛び交った。


 土煙が晴れた後、ぽっかりと半球状に抉れた地面が露になった。


 ……だが、僅かにゴーレムには到達していなかった。

 もう少し〈アビスブレイク〉が奥であれば、ゴーレムは抉れた地面のついでに消し飛んでいたはずなのだ。

 失敗した……次で当てなければ、本当に後がない。

 不必要に高威力魔術を放って悪目立ちしたため、近くで試験を受けていた者達にも外したのが露呈してしまった。


 トーマスは口を開けて地面に空いた穴を見つめていたが、俺が次の〈アビスブレイク〉のために息を整え始めると、真っ蒼になって駆け寄ってきた。


「止めろ! これ以上、試験会場を壊すつもりか!」


「試験のルールでは後一発撃てるはずだ。先の二発を見て、これ以上は無意味だと断じる気持ちはわかる。だが、次こそはあのゴーレムを消し飛ばす」


「頼むから止めろ! これ以上は試験どころじゃなくなる!」


「どうか機会をいただけないか。俺は不合格点を取るわけにはいかない」


「点数なら満点くれてやる! 終わりだ、終わり! おい、土魔術を使える教師を呼んでくれ! 会場の修繕を行いたい! 時間が掛かるから、並んでた奴は一旦別の会場で受けろ!」


 トーマスは俺から顔を逸らし、魔術の轟音を聞いて騒ぎを駆けつけてきた教師へと指示を出す。

 俺はトーマスの手を掴む。


「話を聞いていただきたい。俺は正規の方法で合格点を得たいのだ。そんな投げやりな点数では納得できない。青春を共にする学友達とはなるべく対等な関係でありたい」


「こ、これだけやっといてお前……もう色々、そういう次元じゃないだろうが!」


 トーマスは顔を青くして叫ぶ。


「あ、あはは……魔術試験……魔術試験は、自信、あったのに……」


 俺の後方で、ルルリアががっくりと肩を落としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る