第5話

 入学試験は三つに分かれており、筆記試験、魔術試験、実技試験の順に行われる。

 合計三百点で点数を出し、上位八十名を入学させることになっている、とのことだった。

 

 まず筆記試験のため、大ホールへと移動させられた。

 開始まで時間があるためか、まばらに私語が聞こえる。


「五百人以上はいるな。こんなにいたのか……」


 席について、俺は独り言を漏らした。

 ざっと見る限り、倍率は五倍以上だ。


 自動で下位の成績で入れるよう話がついているとのことだったが、準備を積んできてよかった。

 俺は必死に努力してきた志望者を蹴落とし、自動で入学するのだ。

 一切準備せずにそれで入学すれば、きっと後悔していたことだろう。


 神聖な青春を共にする学友達とはなるべく対等な関係でありたい。

 本当の結果は学院関係者しかわからないだろうが、それでも合格ラインの成績を収められていたという確信を持って入学したい。


「倍率はさほど関係ありません。毎年ここは騎士の名門の上位貴族の子息がこぞって受けに来て枠を埋めにくるので有名なので、駄目元で受けに来るような方はあまりいないんです。倍率だけならばここより高い騎士学院もありますが、間違いなく王国内最大の難関騎士学院です」


 ふと聞こえた声に、隣へ目を向けた。

 切り揃えられた桃色の髪が僅かに揺れる。

 ぱっちりと開いた琥珀色の目が俺を見ていた。


 カンデラに絡まれていた少女だ。

 あの場から逃れようと一緒に走り、そのまま人混みに押されるようにこのホールへと移動していた。

 慌ただしかったこともあり、その間特に会話はなかった。


 俺はすぐ前へと向き直った。


「な、なんで無視するんですかっ! タイミング計って、頑張って声掛けたのに!」


「ああ、悪い、俺に声を掛けていたのか? だが、何故だ? そんなに俺の言葉が気に掛かったのか?」


「変わった人ですね……。そんな、理由が必要ですか?」


 む……おかしなことを口走ってしまったかもしれない。

 俺は基本的に〈幻龍騎士〉の仲間や、ネティア枢機卿としか話したことがない。

 必要以上の外部との接触は好ましくないと、これまではネティア枢機卿にそう教わってきた。

 少し感覚にズレがあるかもしれない。


「えっと、お礼も言っていませんでしたし……何よりこの学院で一緒になるかもしれないお友達ですから! ……ほら、ここ、知らない人で、おまけに貴族の方ばっかりですから」


 彼女はそう言って周囲を見回し、ぺろりと舌を出した。


「友達……?」


「あ、ちょっと失礼でしたか? すいません、馴れ馴れしかったですね」


「いや、嬉しい。友人と呼べる存在はこれまで一人としていなかった」


 俺は淡々と言いながらも、内心興奮していた。

 まだ入学さえしていないというのに、騎士学院三年間の最大の目標を達成してしまったかもしれない。


「え……あ、そうだったんですね……な、なんだか、えっと、その、ごめんなさい」


「む、何故謝る?」


 一応〈幻影騎士〉の他の三人は友と呼べるのかもしれないが、戦友や家族という言葉の方がしっくりと来る。


「私はルルリアと申します! 改めてさっきのお礼を言わせてください!」


「俺はアインだ。よろしく頼む」


 自己紹介をし合った後に、ルルリアが暗い顔で俯いた。


「でも……私、あんまり自信がないんですよね。元々、剣ってさっぱりなんです。推薦してくださった領主様のご厚意で訓練をつけていただいたんですが、半ば付け焼刃ですし……。アインさんとあのカンデラが戦っていた時も、どっちの動きも全く見えませんでした……」


 ルルリアは、自信なさげにそんなことを口にする。

 小さく溜め息を吐いてから、言葉を続ける。


「アインさんはきっと入学できるでしょうが、私は駄目かもしれませんね……。えへへ、魔術の才能を見込んで推薦してもらえたのですが、正直、剣術の鍛錬が間に合った気がしないんです。今更断れないので、一応受けには来たのですが……。こんな名門じゃなくて、他の学院でも平民を受け入れてくれればよかったんですがね」


「ル、ルルリアは入れないかもしれないのか……? そんな……」


 思わず口に出てしまったが、確かにそういうものなのかもしれない。

 今ここにいる大半は試験の振るいに掛けられて消えるのだ。


 せっかくできた初の友達だったというのに……。


「そ、そこまで会ったばかりの私なんかのために、ショックを受けなくても……! ちょっ、ちょっと涙滲んでるじゃないですか! わかりました! 頑張ります! 頑張りますから!」


 筆記試験は魔術理論、錬金学、史学、騎士の基礎教練、軍事学の五つである。

 数日の詰め込みではあるが、幼小に記憶術の鍛錬を行ったことがある。

 戦争に動員された際に少しでも情報を持ち帰るためのものである。


 試験内容より、ネティア枢機卿よりいただいた分厚い〈アイン向け世俗見聞集〉を読み込む方が大変だったくらいだ。

 試験内容の勉学は記号的に覚えれば済むことが多いが、こちらは意図したニュアンスを完全に掴むことが困難な文章が多かったためだ。


 終わってから、第二の試験のために移動することになった。


「第一試験でリードを作ろうと、詰め込んだ甲斐がありました……! 八割は、きっと取れていたはずです。座学は、ある意味、詰め込むだけ詰め込めばいいだけですからね。ここ半年、寝る間を惜しんで勉強した甲斐がありました。私にきっと、剣術の才能はないんだと思います。だから、努力でどうにかできる座学で踏ん張らないと……!」


 ルルリアは移動しながらも、食い入るように手にした問題用紙を睨んでいた。


 ルルリアは魔術の才能を見込まれた、と言っていた。

 魔術には自信があるのだろう。


 入学試験は筆記試験、魔術試験、そして剣術試験の三つに分かれており、これらの合計によって合否が判断される。

 魔術と剣術、どちらかが主流の者の方が多いだろう。

 俺も魔術は一応使える程度であって、あまり得意ではない。

 ルルリアのような考え方の者は多いのかもしれない。


「アインさんはどうでしたか!」


「筆記で手を抜きたくはなかったので、ここ数日で必死に覚え込んできた。落とした問題はない」


 自分で書いた答えや問題文も全て覚えているため、自信を持って言える。


「す、数日……」


 ルルリアはがっくりと肩を落とす。


「どうした?」


「……座学も、才能があるのかもしれませんね」

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