第3話

 俺は騎士学院の入学試験を受けるため、王都レーダンテへと訪れていた。

 王立レーダンテ騎士学院。

 それが俺の通うことになった学院の正式な名称だ。

 寮制であり、俺は三年間この学院で生活することになる。


 今の俺は〈幻龍騎士〉の〈名も無き一号アイン〉ではない。

 ただの教会孤児のアインだ。

 この国では家名があるのは貴族に限るため、家名はない。


 貧村の教会で育った子供で、教会の手伝いを行いながら魔物の討伐を引き受けていた。

 その際に任務で村に訪れた騎士に才能を見込まれ、騎士学院へと推薦された、という設定になっている。


 試験は結果に拘わらず、学院長が手を加えて自動で通ることになっている。

 ただ、一応、俺も試験対策は行ってきた。

 極端に勉強ができなければ、他の生徒から奇妙に映ってしまうためだ。


 高い石の壁の奥に、大きな建造物群が見える。

 藍色の尖がり屋根には時計が設置されていた。

 まるで城のようでさえあった。


 今まで自分とは無関係な世界だと思っていた。

 しかし、試験が終わり入学すれば、ここでの生活が始まるのだ。

 心が躍るような気持ちだった。長らく忘れていた感覚だ。


「へええ、推薦状ぅ? それがあるからなんだって? ええ?」


 学院の壁沿いに歩いていると、道の先から怒声が聞こえた。


「む……?」


 見れば、二人の男が、少女の行く手を遮っていた。


「王立レーダンテ騎士学院はねぇ……平民のクズが入っていいような学院じゃないんだよ! 君みたいなのがいると、学院や僕の品格まで下がるわけ。いるだけで迷惑だって、わかんないかなあ!」


 藍色髪の流し目の男が、少女へとそう捲し立てる。

 横にいる太った男はニヤニヤと笑いながら、「カンデラさんの言う通りだ」と、藍色髪の言葉に同調している。

 どうやら藍色髪の男の名が、カンデラというらしい。


 絡まれているのは、桜色のショートボブをした、小柄な少女だった。

 カンデラの剣幕に怯えているようだった。


「あ、あの……通してください、お願いします。貴方の考えはわかりましたけど、でも、だからって、試験にも受けずに帰るわけにはいかないんです……。お婆ちゃんも、凄く嬉しそうに、送り出してくれて……」


 少女は言葉を選びながら、慎重に彼らへとそう口にする。

 だが、彼らがそれを聞き入れる様子はなかった。


 どうやら彼らも入学試験を受けに来たらしい。


 俺は周囲を見る。

 他にも入学試験を受けに来たらしい、俺と同世代であろう、十五歳前後の者の姿が見える。

 だが、遠巻きに見ているだけで、皆関わらないようにしているようだった。


「はあ……どうやら、僕が優しく諭してあげていたのに、聞き分けのない思い上がりの激しい平民には無駄だったらしい。おい、腕を折ってやれ。それで試験を受けらなくなるだろう」


「わかりました、カンデラさん」


 太った男が、少女へと接近する。


「ひっ! や、止めてください!」


 眺めているだけ、というわけにはいかない。

 俺はさっと間に入り、太った男の腕を掴んだ。


「事情は知らないが、随分と一方的な物言いに見えたんでな」


 遠巻きに見ていた者達の顔が、ぎょっとしたように歪んでいた。

 随分と驚いているらしい。

 ……なんだ? 何か、そこまでまずいことをしてしまったのだろうか?

 

「僕のことを知らないとは、お前も平民か? それとも、知っていて突っかかっているのかな?」


 カンデラが口端を吊り上げ、俺の顔を覗き込む。


「……確かに、俺は平民だ。それに、お前のことも知らない。貴族事情には疎いもので、勉強不足で申し訳ないな」


「お前も平民か。なら、丁度いい。二人纏めて、試験を受けられない身体にしてやろう」


「す、すいません、この人は見逃してあげてください! 私のせいで巻き込むわけにはいきません。私は、その、大人しく……帰りますから……」


 少女がカンデラへと訴える。

 カンデラはその様子を鼻で笑い、俺へと向き直った。


「僕のことを知らないと言ったな? 教えてやろう、僕はカンデラ・カマーセン。カマーセン侯爵家の人間だ。僕の家は、代々多くの優秀な騎士を輩出していてねえ。我慢できないんだよ、お前みたいな平民が、騎士の世界に入り込んでくるのがさあ」


 カンデラが俺へと顔を近づける。


 確かに、表の騎士団は大半が貴族家の者だと聞いたことがある。

 騎士学院自体も貴族の者が多いのだろう。 


「は、僕の家を聞いて、ビビっちゃったかい? 通り過ぎていればこのまま試験を受けられたのに、格好つけちゃったせいで僕に見つかって、人生台無しになっちゃってねえ。ま……入学できやしないし、したところで僕が学院に圧力を掛けて追い出してやるけどね」


 俺が考えているのを怯えていると捉えたらしく、カンデラがそう畳み掛けてくる。

 ただ、カマーセン侯爵家が、王家を傀儡にして教会上層部を仕切って好き勝手しているネテイア枢機卿より権力があるとは思えない。

 あの人は結構短気で身勝手だ。

 余計なことをすると侯爵家の方がなくなると思うが……。


「その子も推薦状があるんだろう? 学院が入学の第一資格を認めたんだ。お前が好き嫌いで弾く正当性はない」


「はあ……いいかい? 騎士っていうのは、家柄が全てなのさ! 力の源であるマナの性質や総量は、血筋に依存する。剣術や魔法、魔技だって、お前らは我流でやってきただけだろう? 僕ら貴族は、違うんだよ。騎士になるべくして生まれ、鍛錬を積んできた。特にここ、王立レーダンテ騎士学院は、騎士の中の騎士を育てる超一流の名門校なんだよ。しゃしゃり出るなよ、ゴミが。僕らの格調が台無しになって、迷惑なのがわかんないかなぁ」


「……言いたいことはわかったが、それを判断するための試験だろう? 学院の方針に不満があるのなら学院に言えばいい、個人個人にも事情はある。平民にも才や実戦経験に恵まれた者もいるだろうし、貴族の出であって騎士を志している者にも、怠慢によってお前の口にした優位性を活かせていない者もいるだろう。あまり公にできない事情がある者もいるのではないか?」


 結局は個人次第だ。

 生まれを最も重視する、というのも一つの考え方ではあるだろう。

 だが、貴族のみしか受け付けない学院も存在する。それならばそちらへ通えばいい。


 事前に調べたところでは、王立レーダンテ騎士学院は生まれは重視していない。

 徹底した実力主義だという。


「わかってないねぇ……はぁ。試験や学院に任せるまでもないんだよ。長々話をしていても仕方ないか。それに、お前ら二人には入学試験を受ける権利もない。この僕が、今ここでそう決めたんだからねぇ。僕が優しく口で教えてやったのに、平民のクズが突っかかってきちゃったから、身体に教えてやるしかないかな。圧倒的な、覆しようのない力の差という奴を」


 カンデラはそう言うと、呼吸を整える。

 カンデラの身体にマナが巡るのがわかった。


 人間の根源的な魂の力、生命力そのものともいわれる、マナ。

 マナは魔術を行使する際に必要なエネルギーでもある。


 そしてマナを身体に巡らせれば、身体能力を何倍にも引き上げることができる。

 単純に膂力を引き上げるだけではなく、身体を硬質化させたり、治癒力を高めたりすることもできる。

 マナを用いて自身の身体を強化する術は、魔技と呼ばれている。


「おいデップ、離れてろ。この生意気な平民を、僕が躾けてやる」


 カンデラの言葉に、太った男が慌てて俺から離れた。

 デップという名前だったらしい。

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