第46話 魔女の過去

 「まず肌の色が水色だね。地球人で肌が水色の奴なんて普通、居やしないよ。耳もとんがってるね。そこのエルフのお嬢さんほど長くはないけど。指の数も四本だ。それに、見えにくいけど頭からなにか生やしてるだろ? どこからどうみても、あたしとおなじ地球人じゃないよ」


 ペテルはうなずき、イヤホンとマイクが取り付けられていた細型のインカムを頭から取り外した。

 頭から柔らかい二本の、アンテナのような触覚が、ヒョッコリと飛び出した。

 カタツムリの目を思わせる形だった。


「ペテルってのは、本名なのかい?」

 ペテルは首を振った。


「〜・√_・〜」


 彼以外の、可聴領域を超えた声でペテルは答えた。

 そのあと、またマイクとヘッドホンがついたインカムを頭につけた。


 位置を微調整して、デネブに向き直る。

「正直、地球という名の惑星は僕は知らないんですが。それはさておき、デネブさん。こんどはあなたの事が聞きたい。あなたと魔王とが、どういった関係なのかを」

「魔王……。アーク、の事だね」

 アークツルスでなく、愛称でデネブは魔王のことをそう呼んだ。


「その前に、あんたたちはどうやってココのことを知ったんだい?」

 スピカがその問いに答えた。


「実は、王都サジタリウスの宮廷占い師から、この森に魔王をを復活させた悪い魔女が居ると聞きまして」

「そして、占いに出てきた位置を示した地図と、場所を探知できるこの振り子をもらったんですよ」

 ペテルが、ポケットから預かった振り子を取り出して、テーブルに置いた。


「フッ! フフフフッ! なんだい。そういうことかい」

 デネブが笑いながら、首にかけていたネックレスを外す。

 テーブルの上に置かれたそれは、振り子とそっくりの物だった。


「なんと。どういうことですかな?」

 ベガも興味がわいたのか、不思議そうに尋ねてきた。


「これは、離れ離れになっても、お互いの位置が分かるようになっている、シロモノなんだよ。ちょっとした探知機みたいなもんだね」

「やはりですか。渡されたとき、みかけによらず、やたらハイテクノロジーなアイテムだなとは思いましたよ」


 ちょっと意味が分からない。といった表情のスピカに対して、

「この振り子には、魔法ではないスピカたちが知らない技術が詰め込まれているんだよ。なぜ、彼がこんなものを持っているのかを考えたときに、僕はある仮説を立てたんだ。その仮説がみごと当てはまった。というわけさ。彼は僕に渡しても、コレが何なのかはよく分からないだろうと、タカをくくったんじゃないかな」


「まったく、カノープスの考えそうなコトだよ」

「えっ? 待ってください。なぜ、デネブさんが、どうしてカノープスさんの名前を知ってるんですか?」


 デネブは少し遠い目になり、どこか寂しそうで残念そうな笑みを浮かべた。

 ネックレスをしばらく指でいじり。

 グラスのドリンクを飲み干したあとでこう言った。


「いいだろ。聞かせてあげよう。わたしのことを。年寄りの昔話さ」


 デネブはグラスの水滴が下に落ちるように、ポツリポツリと過去を話しだした。


 

 わたしは地球から飛び立った宇宙船に乗っていた。

 宇宙船は漂流していてね。

 もう食料も水も尽きかけている状態だった。

 乗組員はほとんど生き残ってはいなかった。

 そこに不時着したのが、この星だった。

 墜落に等しかったがね。

 墜落の衝撃で、生き残ったのはわたしと、カノープスだけだった。

 しかも、墜落したところは魔王城だったのさ。

 生き残った私たちは、魔王であるアークに救われた。

 この世界では魔王と恐れられていたけど、天から降ってきたわたしたちが珍しかったのか。

 彼は優しかったよ。

 そこでしばらく暮らしているうちに。

 わたしとアークは恋に落ちた。

 そしてアークとわたしは、二人で。

 城を抜け出して、二人きりで暮らすことにした。

 だが、カノープスはそれを許さなかった。

 あいつは、ひそかに私に想いを寄せていたらしい。

 なにより、同じ地球人の自分でなく、この星の者と結びついたのが気に食わなかったようだった。

 私たちは逃げた。

 アークはこの森に魔物を張り巡らせて、誰も近寄らせないようにした。

 そしてわたしたちはこの森のこの場所で。

 結婚し、子供を産んで家族を作った。

 それはそれは、平和な時が流れたよ。

 いま思えば、一番幸せな時だった。

 でもその幸せも長くは続かなかった。

 ある日、兵士の一団がこの小屋に攻め込んできたのさ。

 魔王の討伐という大義名分を抱えて。

 一人の強力な、勇者と名乗る男が私たちの暮らしを踏みにじった。

 勇者とその一団はカノープスの手のものだった。

 勇者はアークと、私たちの子供まで容赦なく殺したのさ。

 山菜を摘みに行っていたわたしは戻ってきて絶叫した。

 勇者や兵士たちはもういなかった。

 アークはまだかすかに息があり、なにがあったかを話してくれた後に息を引き取った。

 彼と子供の亡き骸を抱えて、わたしは誓った。

 この星の人間たちに必ず復讐してやると。

 この星の人間たちを根絶やしにしてやると。

 そうして研究を始めた。

 魔王、アークのクローンを作る研究さ。

 クローン技術はもともと私の専門技術だった。

 魔王を復活させて、この星を、世界の人間たちを恐怖におとしいれるために。

 完成させるまで、それはそれは長い年月を費やしたよ。

 出来上がった魔王はわたしの憎しみをコピーしたかのように。

 人間たちやその他の種族に及ぶほどの憎しみを、内に秘めていた。

 だけど、作り上げたときにわかってしまった。

 作り上げた魔王は、わたしの愛する魔王ではなかった。

 アークは。あの人はもう戻らないのだと。

 あの幸せな時間はもう戻ってこないのだと。

 永遠に失われたんだとね。

 それに気づいた途端わたしは、もうなにもかもどうでもよくなってしまったよ。

 そしてアーク。いや、アークツルスは私の元から去り……、世界を支配し始めた。

 魔王が倒れたいま、カノープスはわたしがまだ生きているとふんで、あんたらを遣わしたんだろうねぇ。

 

「どうだい? わたしを殺すかい?」


 ペテルはかぶりを振った。

 そうかい、おかわりは?


 デネブがポットを傾けようとしたが、それにも首を振った。


「僕らはもう行きます。王様やカノープスには、あなたはもう死んでいたと答えておきます」

「そうしてくれるとありがたいね。実際もう、死んでるようなもんだよ」

 デネブは自分のグラスにドリンクを注いで、ほおづえと一緒にため息をついた。


 デネブにお礼と別れを告げ、ペテル達は小屋を後にした。

 小屋の裏側のお墓は一つだけだった。


 それが魔王との子供のものなのか。

 それとももう一つ別の場所にお墓があるのか。


 それはよくわからなかった。




 王都サジタリウスへ帰還したペテルは。

 約束通り、王とカノープスに魔女は死んでいたと、ウソの報告をした。


 ペテルどの、いままで大儀であった!

 こんどこそ、世界に平和が訪れたとして、国を挙げての祝賀祭を開くと宣言した。


 その準備の間、ペテルたちは比較的忙しかった。

 さまざまな来賓の客に会い。

 解放された土地からも、歓迎する人々が押し寄せたり。

 皆の前で話す言葉を考えなければならなかったり。

 その為の服を新調したりしなければなからなかった。


 そして、勇者ペテルと姫はそこで婚姻するのではないかとの。

 うわさもちらほらと聞こえていた。


 そんな、ほどほどに目まぐるしい日々を過ごしていたペテルの元に。

 一人の使いの者が現れた。


 

 使いの者は言った。

「カノープスさまが、お呼びです」

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