第37話 スコーピオン支配者ベネトナシュ攻略後
ペテルは近づき、凍らずに残っている部分に括りつけられていた袋の中の中身を確認した。
間違いない。
奪われたアイテムがその中に入っていた。
袋ごと回収する。
「ありがとう、冷気が当たらないようにしてくれたんだね」
スピカに向かって、お礼を述べる。
もちろんですわ、勇者様。
スピカも当然だという風に、笑顔を返した。
ありがとうございます。
ベネトナシュを倒してくれて。
内通者の男は涙ながらに礼を述べた。
「毒やマヒで亡くなった者はさすがに戻りませんが、石化された者たちは、今頃元に戻っていることでしょう」
ペテルの両手を握り、感謝の言葉を繰り返しながらそう言った。
館の玄関から外へ出る。
人気のないスコーピオンの町だったが、石化されていた人々の呪いが解けたのだろうか。
チラホラと人影が見え始めた。
内通者の男に案内されて、ペテルは町中を進む。
男が勇者ペテルの偉業を讃えながら、周りの人たちひとたちに大声で呼びかける。
やがて人々が集まり、ちょっとした凱旋となった。
人々は喜び、ベネトナシュから解放してくれた者が、目の前の人物だとわかると、できうる限りの感謝の意を表した。
ペテルとしては、アイテムを取り返すことができただけで十分だったのだが。
それに、毎回感謝されるのも、少し飽きてきていた。
「勇者様。あちらにお食事の用意をされてあるそうですわ」
スピカが、ペテルをそう言っていざなった。
まあ、お腹はすいているしなぁ。
ただ、あまり大した料理は期待できないだろう。
「町ぐるみで感謝していただいているのですから。むげに断るわけにもいきますまい」
ベガが、ペテルの心を見透かしたような言葉を投げかける。
これも勇者の役割ですぞ。
そう言われては、にべもなく断るのも考えものだ。
やれやれ。
ここにきて、社交辞令が必要になるとはね。
ペテルはなかば引っ張られるように、スコーピオンの町の宴へと足を運ぶのであった。
王都サジタリウスに戻れたのは、ベネトナシュを倒して2日後のことだった。
スコーピオンの町が解放された話は、王都中に広まっていた。
帰るなり、ペテルたちは都民から祝福を受けた。
そばを通るたび、歓喜の声が上がる。
拍手され、頭を下げられる。
尊敬のまなざしを皆から受ける。
バンザイをする者もいた。
ペテル一行は、民衆の賛辞を受けながら王宮の中へと招かれた。
「よくぞ、3つの都市を取り返してくれた! 勇者ペテル殿!」
王は、立ち上がり、ペテル一行の誉れを讃えた。
「おお、これで。これで残すところは魔王城一つとなった!」
王は立ち上がったまま震えている。
いまにも感涙を流しそうだった。
王は言った。
「勇者ペテルよ。見事、魔王アークツルスを倒したあかつきには、お主に王宮直属騎士の隊長の称号と、わが姫、アルニナムとの結婚を許そう」
王のそばのアルニナムは、恥ずかしそうにもじもじしていた。
アルニナムは当然のように美しく可愛らしい女性であった。
恥ずかしげに見を縮こませる仕草が、またキュートである。
美しさは顔だけでなくプロポーションも言わずもがなであった。
おおお。と、周りの王宮の者たちから歓声が沸き起こる。
ペテル一行は王の前で膝まづいたままであった。
スピカは少しムッツリとした表情を浮かべていた。
ベガはペテルを一瞥したあと、またすぐ王の方へと向き直った。
ペテルはというと、
「ハイ! 王よ! おまかせを!」
魔王を倒す、闘志を燃やした目を向けていた。
その夜、王宮内では宴が行われた。
三つの都市を奪還したお祝いと、これから魔王討伐に向けての英気を養うためとのことだった。
魔王に侵略され、まだまだサジタリウスは、作物や物資類が国全体としては不足している状態だった。
しかし、それを感じさせ居ない豪奢なパーティであった。
ペテルは適当に料理を取ろうとしたが、来る人来る人が次々に食べてくださいと料理を持ってくるので、少々辟易してしまっていた。
お酒も勧められたが、あんまり飲めなかったので、それは丁重に断った。
困り顔のペテルを見てか、姫が近づいてきて、話しかけてきた。
姫と会話している間は、誰も寄ってこなかったので、正直ペテルは助かった。
「ベランダへ出ましょう」
姫に誘われるがままに、ベランダへと出た。
ついてくる者は居なかった。
ベランダへとペテルと姫は出た。
空には数々の星々が煌めいていた。
パーティのなんとなく騒がしい空間から避難してきたような感覚だった。
そとの星々がよく見える澄んだ空。
アルニラムにとって、外の世界は憧れなのだろうか。
ありきたりだが、王宮から自由に出れない。
そんな境遇を思い描いてしまう。
「ああ、なんて素敵……」
姫は夜空を見上げながら。
深呼吸をして。
その火照った顔を、覚ましていた。
「あお星々の、ひとつひとつに。神々がおられるのですね」
アルニラム姫は、夜空を指でなぞるように動かして。
夢でも見るような目つきで黄昏る。
そうですね。
そしてあの一つ一つの星に、物語があるのかもしれません。
「あの白く輝く、大きな星が主神シリウス様」
アルニラムが指す指の直線状に、ひときわ大きな白く煌く星があった。
衛星を除けば、一番大きく輝き方も一段と強い星だった。
それからあの星が、あの星が、と。
姫が星と神々の説明をし始めた。
自分が知っていることを他人に話せることが嬉しそうに楽しそうに。
無邪気にアルニラムは説明した。
一通り説明をし終え。
少しだけ恥ずかしそうになり、冷静さを取り戻す。
「明日、お父上様から勲章が授けられるはずです」
ベランダに預けていた身体を起こし、姫はそう告げる。
そうですか。
ペテルは、あまり興味がないという風に、返事をした。
「興味がないのですか?」
アルニラムはペテルに近づく。
「ボクの興味は、あなただけですよ」
歯が浮くようなセリフ。
しかし純朴なアルニラムには、効果てきめんだったようだ。
ペテルがアルニラムに近づく。
そのまま、顔を近づける。
アルニラムは顔を背けない。
ああ……。
「不思議なお方……」
アルニラムは、ペテルの顔を撫でた。
ペテルは撫でられるままだった。
そして二人は、いくばくか見つめあった後。
星空の下。
唇と唇を重ねた。
二人の頭上に、流れ星が一つ。
またたく星空のなか、弧を描きながら落ちていった。
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