第36話 スコーピオン支配者ベネトナシュ攻略3
「おおおお! 御曐様への栄誉を勝ち取れずに、死んでしまうとは! その無念、私が晴らしてくれる!」
杖を持った男がそう叫び、
「ヒートボール!」
と呪文を唱えた。
杖の男はスピカと同じ魔法使いだった。
彼の周りに、火の玉が浮かび上がり、それぞれがベネトナシュに向かって飛ぶ。
蛇の体に八発被弾。
少しは焼けこげるが、効いてはいない。
「火が、炎がダメなら!」
杖を構えなおして、呪文を唱える。
「ブザリード!」
こごえるような吹雪の呪文。
スピカの氷の呪文とはまた別の、冷気の呪文のようだ。
爬虫類の体には効きそうだ。
だが、平然としている。
魔法使いの手から放たれる、凍える吹雪の中をジリジリと進んでくる。
「アタシをちょっとやそっとの熱さや寒さで倒そうってのが大間違いだよ!」
そう言って両手の蛇の顔で、魔法使いの首や腕に食らいついた。
魔法使いの男の動きが止まる。
もちろん魔法も止まる。
そして倒れ、悶絶する。
白目をむき、泡を吹いている。
ビクビクと、釣りあげられたばかりの魚のように痙攣する。
スピカとペテルが駆け寄る。
「ゲグド!」
スピカが魔法使いに近寄り解毒の呪文をかける。
が、時はすでに遅し。
魔法使いの男は亡くなっていた。
「間に合いませんでした……」
首を振って、魔法使いの男の前に座る。
スピカは、男の瞼を閉ざしてやった。
ペテルは剣を抜いたまま、ベネトナシュの前で構えていた。
「お前は、もしかして?」
「そうだ。僕が勇者ペテルだ!」
ベネトナシュに向かって、自分の名を言い放つ。
スピカも立ち上がり、杖を構えた。
ベガとハリスは、侵入してきた窓の方で武器を構えている。
図らずとも、ベネトナシュを挟みうちしている形となった。
「勇者ペテル? お前、ライブラの町に行ったんじゃなかったのかい?」
「ああ、行ったよ」
ペテルは薄く笑ってそう答える。
「ならば、アルデバランと戦わなかったのかい? 尻尾をまいて逃げ出してきたってのかい? ああそうか。アルデバランの強さにとても敵わないと見て、こっちに先に来たんだねぇ」
ベネトナシュが、爬虫類特有のギョロリとした目で。
細い瞳をさらに細くする。
耳まで避けた口元から、先の分かれた舌をチロチロとのぞかせた。
「アルデバラン?」
「ああ、そうさ。あの完全無欠の戦士。アルデバランさ」
ペテルはプッと噴き出して、ベネトナシュに言った。
「アルデバランなら倒したよ」
ベネトナシュの目が大きく見開かれる。
「なにをバカなことを……。お前などに、あのアルデバランを倒せるわけが……」
「アイツなら、巨大な鉄の塊をぶつけてやった。ペシャンコになったよ」
思い出して、可笑しくなったのか。
ペテルは体を小刻みに揺らし、笑い始めた。
「ウソだ……。貴様はウソを言っている! あのアルデバランが倒されるものか! 死んでたまるものか!」
「ウソじゃないよ。これに見覚えがあると思う」
ペテルが取り出したのは。
「それは!」
ベネトナシュが、それを見てさらに目を見開く。
彼女はアルデバランがそれを持っていたのを知っていた。
白い直六面体のなんらかの装置。
大きさは丁度、かなり分厚い辞典くらいの大きさだろうか。
何枚かの薄い板が、等間隔で縦に並んで繋がっている。
アルデバランから取り返した、ペテルのアイテムだった。
「なぜだ! なせ、お前がそれをッ!!」
「だからあ。言ってるじゃないか。倒したって。倒して取り返したんだよ」
「お、おおおお……。おおおおおおおおおお……っ」
ベネトナシュの目から涙があふれる。
「あああアルデバラン! アルデバラン! 貴様が! 貴様が! アルデバランをおおおっ!?」
「そうだ。アルデバランは死んだ」
「ああああああああっっっ!!!」
ベネトナシュが両の蛇の手で顔面を覆い、その場に伏せるように身を縮めた。
しばらくそうしていたが、やがて体を起こし。
憤怒の限りを尽くした表情で、ペテルを睥睨した。
「許さぬ! 許さぬ! 許さぬぞおおおおおっ! 勇者ペテル! 貴様は! いや、貴様らは全員ただでは殺さぬ!! もっとも苦しむ方法で貴様らを殺す!! 地獄の苦しみを味あわせながら殺す! アルデバランを倒したことを! このワタシを怒らせたことを後悔させながら殺す! 死んだほうがマシだと何度も思わせるような、惨たらしい死に方で殺してやるうううううっっ!!」
ベネトナシュが、鬼すらも逃げ出しそうな形相で、三つの
ペテルは取り返した白い直六面体の装置を、ベネトナシュがかがんでいる間に置いておいた。
ちょうどペテルと敵との、中間地点あたりに置かれてある。
「スピカ!」
「ブザリート!」
スピカが吹雪の呪文を浴びせる。
「バカめが! 吹雪や氷系の呪文は効かぬと言っておろう!」
ベネトナシュが、ペテルに食らいつこうと、体を動かした。
パキリ。
カシャン。
ベネトナシュの下半身が崩れ落ちた。
「あ? えあ? ああああっ!?」
ヒビが入り、一部分が砕け散っている。
欠片はヘビにならず、再生しなかった。
吹雪が当たったところが白くなり、一瞬にして凍り動きを止めている。
スピカは吹雪の呪文を、ペテルが置いた何らかの装置を通して、ベネトナシュに浴びせているのだ。
ペテルが置いた、長六面体の装置の正体。
レーザー冷却を応用した、ハンディ型の『超々冷却装置』。
最大出力で、自然界における最低温度の1ケルビン(-272.15℃)まで、下げる事が出来るが。
そこまで下げてしまうと周りの気体まで凍ってしまう。
よって、酸素が液体化しないひとつ前の温度である、-180℃に設定してあるが、十分周りのものを瞬時に凍らせるには、ありあまる冷却温度であった。
なにしろ-50℃以下で、吐いたときの息の水蒸気が瞬時に凍るのだ。
そのおよそ、3倍以上の超冷却温度。
それに吹雪の呪文を通して、吹き付けている。
当たったところは瞬時に凍り、体の自由を奪い、力を入れれば砕け散った。
「おあああっ!? ひぃああああっ!?」
ベネトナシュが砕け散った蛇の胴体を見て驚く。
支えがなくなり、下半身と上半身が分断される。
見上げる顔と、両手の蛇の顔にも冷気を浴びせる。
「はあっ!? ガッ! ッッッ!」
喉が凍り付いて、それ以上声が出なくなる。
たちまち上半身が、凍てつく。
みるみるうちに真っ白になり、氷の彫刻となる。
当然動かなくなった。
「フンム!」
「仲間の仇!!」
後方からベガとハリスが、槍と剣でベネトナシュの身体を攻撃した。
彼女の体は蛇に分解することなく。
死の意味で砕け散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます