第33話 ライブラ支配者アルデバラン攻略後

 アルデバランは倒された。

 そのことを証明するかのように。

 街中の魔物は消え去り、支配から逃れたモンスターたちは、町から去っていった。


 町中のドワーフや人間たちは、倒れる寸前の馬車馬のように働かされていた。


 魔物たちが消え去り、アルデバランが倒された良いニュースは、瞬く間に町中に広がった。

 解放された町民たちは、ペテル一行を讃えた。


 次の日、町を上げての宴の場が設けられた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「さすがは勇者様だ! あのアルデバランを倒すとは!」

「俺たちを支配から解放してくださった! もう、あんな辛い思いをしなくてもいいんだ!」

「死んでいった仲間たちも浮かばれます。ほんとうにありがとうございます!」

 町の人たちがペテルや他の仲間の手を握り、頭を下げ、次々と感謝の言葉を述べていった。


「ライブラの町が、元の生活に戻るまではもう少し時間がかかりましょうな」

 ベガが、ジョッキに注がれた酒を空けたあと、そう言った。


 宴に出された料理や酒は、それほど豪華とは呼べなかった。

 それでも、今できるありったけの感謝が、それらには込められていた。


「ええ、そうですわね。でも今日だけは、手放しで喜んでもよいかもしれません」

 ワイングラスのような杯を傾けて、町の人たちが喜ぶ光景を見つめる。


 ペテルの周りには人だかりが絶えなかった。

 ずっと町の人たちから、出会う度お礼を言われ、握手を求められていた。


「いいですな……」

 ベガがぼそりとつぶやく。


 スピカはよく聞こえなかったのか、何ですか? と聞き返したが、ベガがもう一度それを言うことは無かった。

 



 ペテル達一行は、無事に王都サジタリウスへと戻ってきた。

 早速、王城へと向かう。

 国王の部屋に通され、アルデバランを見事倒したことを報告した。


「おお。さすがは勇者殿である……」

 王は感嘆し、ペテル達一行を褒めたたえた。


「これでライブラの町も平和になる。あの町の鉱石の資源や、鍛冶の技術は素晴らしい物であるからな。早速、古くなった武具や農具などを買い揃えるとしよう」

 大臣らしき男を手招きし、王が何やらその男に命令した。

 恐らく、その段取りや手続きを一任したのであろう。


 王がペテル達に向きなおる。

「さて、勇者殿よ。残る都市は一つとなった」

 王が占星術師を呼ぶ。

 そこから先は、占星術師のカノープスが言葉を繋いだ。


「もはや占うまでもない。次に取り返してほしいのは、南の都スコーピオン。四将校の一人ベネトナシュが支配しておる……」

 水晶玉を掲げて、カノープスは言った。


「スコーピオンは燃える水が産地の都市だ」

「燃える水っていうのは? 石油のことですか?」

 ペテルはカノープスに聞いた。

 王が、代わりに答えた。

「石油……? さて、聞いたことも無いが……」


 カノープスが説明してくれた。

「燃える水というのは、いわゆる酒のことだ。スコーピオンは暑く雨が多い地域だが、そこでしか取れない果実から作る酒がまた美味でな。祭りや祝い事のときはその酒が用意される。飲んだ時焼けつくような刺激が喉に走るので、燃える水と我々は呼んでいる」

御曐様おほしさまに捧げるための、大事な酒でもあるのだ」

 王がそう付け足した。


 お酒のことだったのか。

 ペテルは基本的に酒を呑まないので、半分は興味が無かった。

 それよりも、

「僕が知りたいのは、ベネトナシュの情報と、そして……」

 王とカノープスの顔を交互に見て。


「最後の将校と、魔王のことでございます」

 と、言った。

「よかろう。ベネトナシュのことは多少は分かる。知っていることは教えよう。ベネトナシュは蛇の体と顔をした女の魔物だ。髪の毛も、両腕も蛇だ。頭に噛みつかれると、石化してしまう。右腕と左腕、どちらがどっちだったかは忘れたが、片方が毒、片方がマヒの牙を持っているという」


 カノープスは、一呼吸おいて、

「最後の四将校の一人は、将校のリーダーであるという話だ。名前はアンタレス。自分も腐敗した死者であり、ゾンビやスケルトンたちを操り病原菌をばらまくという」

 

 再度、一呼吸おく。 

「アンタレスは魔法の側近であるとも聞く。ゆえに北の魔王城におるのだ。そして魔王、アークツルス!」

「アークツルス……」

 ペテルが魔王の名前を復唱する。

「魔王アークツルスのことはあまりよく分かっておらん。ただ、噂では魔王は人の心が読めるらしい。その力で、どのような攻撃もかわすと聞く……」

ペテルもスピカもフムフムと聞いていた。


「魔王の前に、ベネトナシュを倒してもらいたい。どうか最後の町の解放をお願いしたい」

「王よお任せを」

 ペテルが膝をつき座ったまま頭を上げる。

「明日の朝、準備を整えたら出立しようと思います。どうか、期待に応えられますよう、星々に祈って待っていて頂きたい」

 王は、短く感嘆の声を漏らして、両手で顔を覆った。




 ペテル一行は、王の宮殿の一室で一晩過ごし、朝の会食の後旅の準備を整えた。

 馬車に揺られてたどり着いた先は、砂や岩山やオアシスに囲まれた町、スコーピオンだった。

 強めの風が吹き、砂ぼこりが宙に舞う。


 ライブラの町に比べて、坂も山もない平坦な町だった。

「では、あっしはこれで。どうかご武運を」

 ペテル達が降りると、御者が小さく頭を下げて馬車を走らせて行った。


 馬車が遠ざかるのを見送ると、砂ぼこりを巻き上げて、一陣の風が吹いた。

 視界が一瞬塞がれる。

 砂ぼこりが晴れた後、ペテル達の前に、やせ細った男が現れた。

 頭はでっかち。

 身長は低く、ギョロギョロとした大きなツリ目でペテル達を見ている。

 鼻も耳も尖っており、浅黒い緑がかった肌をしていた。

 すばしこそうな身体に、ボロ布をまとったような姿をしていた。


「グラスランナーという、種族です」

 ベガがペテルに、そっと耳打ちした。


「勇者御一行様ですね? どうぞこちらへ」

 

「この町の内通者でございます」

 ベガがペテルに、そう告げる。


 ペテルは頷くと、風が吹きすさぶ町の中を内通者について歩いて行った。


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