第28話 ライブラ支配者アルデバラン攻略1

 ボルックスが倒された。

 その事実は、魔王城にも届いていた。


 魔王の元には、三体の将校たちが集まっていた。

「貴様らの耳にも入っているとは思うが……」

 魔王が玉座から、三人に声をかける。


「ボルックスが倒されたそうだ」

「なんと、ボルックスが!?」

 アルデバランが顔を上げる。


「なんだ。お主知らなかったのか」


 腐れた体の、ゾンビのような男。

 眼窩は無く空洞で、髑髏そのものの顔を向ける。

 魔術師のようなローブをまとい、頭には王冠をかぶっている。

 全ての指には様々な色の宝石の指輪がハメられていた。

 煌びやかな装飾の杖を持っている。


 前回招集があったときには、居なかった将校だ。


「そうは言うがな、アンタレス。俺は今ライブラから魔王城に戻ってきたのだ。伝令でもない限り知らぬのは当然であろう」

「それは、失礼した」

 アンタレスと呼ばれた、生ける死者が口に手を添えて静かに笑う。


「うむ。それで、帰ってきたところ悪いのだが。今度は勇者一行は貴様の街、ライブラに向かっているようなのだ」

 魔王がアルデバランに伝える。


「なんと。それでは、急いで戻りませぬとな」

「まあ、サジタリウスからライブラまでは遠い。急いでも1日がかりであろう。少しは休んでいけ。ライブラへは、私が送ってやろう」

「もったいなき、ご配慮」

 アルデバランが膝まづいたまま、頭を下げる。


「もうよいぞ。三人とも下がるがよい」

 魔王が手をかざし、解散を命ずる。

 三将校は立ち上がり、後方の漆黒の闇へと消えた。




 ここは魔王城の一室。

 薄暗い部屋の中で、男女が熱い抱擁を交わしていた。

 男女は人では無かった。

 男はケンタウロスの形をした銀の鎧の巨漢。

 女は顔も手も蛇であった。


 アルデバランとベネトナシュ。

 二人は愛し合っていた。


「あああ、アルデバラン。アルデバラン」

 アルデバランの体に、ベネトナシュの蛇の体がまとわりつく。

「ベネトナシュ。おお、ベネトナシュ」

 二人はお互いの名を呼びながら、体を絡ませる。

 人間の目から見れば、はるかにおぞましい光景だろう。


 片や鋼鉄の鎧。片や蛇の体。

 性交をしているわけではなかったが、二人は抱き合って口づけを交わしているだけで満足だった。

 飽きることなく、二人はそれを永久に続けることができた。


 だが、終わらなければならない。

 いつまでもこのままでいたいが、そういうワケにもいかない。


「そろそろ行かなくては」

 アルデバランが、蛇の顔をやさしく包み、自分の顔から離す。


「勇者ね? アルデバラン。どうか気を付けて」

 ベネトナシュがアルデバランを見つめながら言う。


「この俺が負けるとでも?」

「いいえ。負けるはずがないわ。勇者などに負けるはずがないわ。微塵も心配などしてはいないわ」

「そうだろうとも。俺が負けるはずがない。勇者など軽くひねって、また戻ってくる」

「待っているわ、アルデバラン。今度会うときは、勇者の首をその手に持って帰ってくるのを、待っているわ」

「当たり前だ」


 フルフェイスの鋼鉄の兜からは、表情は読み取れない。

 だが、笑っているのがベネトナシュには分かった。


「行ってらっしゃい。ワタシの愛しい人」

 別れる前に、二人はもう一度深く抱き合った。



「日が暮れる前に、着いてよかった」


 ベガが、窓から沈む夕日を眺めながら言った。

 アクエリアスの都と同じく、この街にも内通者が居た。


 ドワーフの内通者だった。

 見た目は歳を取っているが、ドワーフにしてはまだ若い方なのだそうだ。


「アルデバランは、ワシらドワーフを朝から晩まで休みなく働かせてある。強制労働じゃ。ヒドイもんじゃよ」

 プカプカと、パイプを吹かしながら、内通者のドワーフは言った。

 若いらしいが、しゃべる口調も行動も年寄り臭かった。


 ペテル一行はその、ドワーフの内通者の自宅の中にいる。

「それで、アルデバランはどこに?」

 ベガが尋ねる。


「この街の、町長の屋敷におる。町長はもちろん殺された。何人かが刃向かったがそいつらも全員殺された……」

 煙を吐きながら、ぼやくようにドワーフの内通者は言った。


「アルデバランはどういったヤツなんだい?」

 ペテルが聞いた。


「あやつは鋼鉄の鎧のバケモノじゃ……。下半身は馬の形をしており、上半身は人間の形をしておる。中はがらんどうらしいが、鋼の体はちょっとやそっとじゃ傷つかん。それに、少しくらいのダメージは自己修復してしまう」

「なるほど、なるほど」

「アルデバランを倒すには、体全体に一度にダメージを与えないとイカンらしいが、どうすればそんなことができるのか、皆目見当がつかん……。おまけに怪力無双ときておる。あやつの戦斧の餌食になった戦士は数しれずじゃよ」

「魔法もダメなのですか?」

 スピカが杖を見せるようにして尋ねる。


「アヤツには、魔法は効かん。雷や炎、吹雪や水の呪文などで一斉攻撃したこともあったが、何食わぬ顔で平然としておったよ」

「魔法もダメなのですね」

 スピカが肩を落とす。

「そうじゃ、打つ手無しじゃ……」

 内通者のドワーフがパイプの火を消す。


 途方に暮れる空気の中、ペテルは、

「そっかぁ。全部鋼鉄なのかぁ」

 と、別のことを考えている風に、宙を見上げて何やら考えていた。


「この町は、鉱山があって鉱業とかで栄えているって聞いてるんだけど」

 ペテルが、内通者に確認する。


「ああ。大きな鉱山があってな。そこで取れた鉱石類を昔から加工している。そこで、仲間たちは奴隷のように働かされておるよ」

「どんな金属がとれるんだい?」

「そうだな。鉄や銅が多いが、銀やミスリルなどもたまに取れる」

「それを、この町で加工していると?」

「そうじゃ、ワシらドワーフは鍛冶業も得意じゃからな。武器や防具はもちろん、家具の部品や農作業道具とかも作っておる」

 それはそれは。

 と、ペテルが満足そうな笑みを浮かべる。


「腕はいいのかい?」

「それはもちろんだ」

 ベガが、保証するように言った。


「金属類の加工においては、彼らドワーフの右に出る種族はいないだろう」

「いいね。素晴らしいよ」

 そこまで聞いて、ペテルは椅子の背にもたれかかる。


「今日はもう遅いから、アルデバランの所には明日行こう」

「正気かね? ワシの話を聞いておらんかったのか?」

 内通者がパイプを落として腰を上げる。

「聞いていたよ。とりあえず様子を見に行くだけさ。それで、明日までに用意してもらいたいものがあるんだけど……」


 ペテルがドワーフに顔を近づけて、何やら耳打ちする。

「あ、ああ。それくらいだったらスグに用意できるが……?」

「決まった。明日だ」


 ペテルが椅子から立ち上がる。

 そして大きく背伸びをしながら、


「さあて、お腹がすいたよ。何か食べ物はあるかい? あまり期待はできないかもだけど、腹が減っては何とやらって言うしね」

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