第7話 ペテルの思い込み

 村でも一番大きな、屋敷に招かれ。

 その屋敷の一番広い部屋に、ペテルとスピカは呼ばれていた。


「座れ」

 両隣の、エルフの兵士が命じる。


 なんで、こいつらの言いなりにならなきゃならないんだ?

 顔には出さないが。

 ペテルは心の中で憤慨した。


 しかし、スピカが従っているのを見て、しぶしぶ一つ遅れてペテルも同じ動作をする。

 スピカもペテルも頭を下げていた。

 ペテルとスピカが並んで座っている正面に。

 長老らしき老人と、長髪に鉢金を巻いて、水晶玉を手にしたエルフの男が立っていた。


 長老は、段差を超えた先の椅子に、ゆったりと腰掛けている。

 長髪の男は、水晶玉を持ったままこちらを見据えている。

 長髪の男が口を開いた。


「お前が勇者と言うのは、本当なのかッ!?」


 凛とした声で、大声でペテルとスピカに問う。

 スピカが座ったまま顔を上げ、

「はい! 間違いありません! この方は、星の導きによって使わされた勇者様です!」


 星の導きとか、いまいちよく分からないんだけど……?

 今まで無かった単語に、真顔になるペテル。

 これまでの勘違いに、さらに尾ひれがついているように思えたが。

 おおむねそうだと、長老の前なので真正面を向いて懸命にうなずくペテルであった。


「勇者殿であるというなら、なにかそういう理由があるはずだ」

 スピカが語り始める。


 ペテルが天から降り注いだ、天体に乗ってやってきた事を。

 その天体ごと体当たりをしてくれて、みごとドラゴンを倒したことを。

 そして、中から光とともに天体の扉が開き、中には勇者様が眠っていたのだと。


 本当は、墜落のショックで気絶していただけなのだが。

 もし仮に、勇者でないと言われたらどうなるだろう。


 この世界には、魔王がいるらしいが。

 その魔王とやらを倒して欲しいなどと、厄介な仕事を押し付けられることは無くなるかもしれない。


 だが、勇者で無くなると、皆の反応がまた違ってくるだろう。

 とくにスピカは、手のひらを返してしまうかもしれない。

 右も左も分からないこの惑星で、彼らの協力はあったほうがいい。


 なあに。危なくなったら連絡して、助けに来てもらえばいいさ。


 そう考えて、ペテルは占星術師のほうに顔を向けた。


「占星術師さん、実は僕は勇者です」

「お主、まことか……?」

「うそかどうかは、この僕の目を見ていただければ分かると思います」


 ペテルが立ち上がり、占星術師に歩み寄る。

 そして、顔を近づけた。

 占星術師は少しためらったが、ペテルの真剣なまなざしを正面から受け止めた。


 しばらくペテルの瞳を見つめ続ける。

 その後、占星術師は長老のほうへと向き直り。

「長老。この者はまさしく星の勇者殿ですぞ」

 と、言い放った。


「おお、占星術師どのが言うのなら間違いはあるまい」

 長老が片眉をあげて立ち上がる。


「このような土地に、勇者様が降臨なさるとは!」

 今度は長老が近づき、勇者の顔をまじまじと見始める。

「われわれとは人種が違うようだが、魔王が支配しているこのときに現れるのは、何かの掲示なのかもしれぬ」

 ペテルは長老の目をじっと見返した。

 長老はその瞳に魅入られるように目を離さなかったが、やがて。


 おお……。

「ペテル……! いやこのお方は、シリウス様の遣わした、勇者ペテル様じゃ!」


「やはり、そうだったのですね」

 自分の思い通りだった結果を得られて、嬉しがるスピカ。


「勇者といえども、僕はまだ満足に立っても歩けない。早く松葉杖が取れるように、手厚い看護を頼むよスピカ」

「ハイッ。もちろんです!」


 松葉杖をついて、長老の屋敷を後にする。

 両隣のエルフの兵士は、今度は膝まづいていた。




 さらに3日経った。


 ペテルはもう、松葉杖なしで歩けるほどに回復していた。


 そしてその間に、ペテルが勇者だという噂は、村中に広まっていた。

 もともと、小さな村だったから、噂が広まるのはそう時間はかからなかった。


 ただ食事をご馳走になるだけなのもいけないと思い、ペテルは野良仕事などを手伝った。

 時間があるときは、剣術を習った。


「懐かしいな。訓練でよくやらされたよ」

 宇宙に出るに当たって、武術、体術、剣術などの一通りの技術は訓練学校で学んだものだった。

 だからペテルは、何も技術を身につけていない者が数名でかかってきても。

 それらを、打ち負かすほどには強かった。


 剣術の稽古を受けて、ひとしきり汗を流す。

 稽古を終えて、お茶を飲みながらベランダの椅子に座る。

 汗を拭きながら、腕を屈伸させる。

 だいぶ、筋力も体力も戻ってきた。


 そろそろ、あそこへ行かなくては。

 この星に来て、1週間ほどは経っているだろうか。

 スピカの家の居間で昼食を摂りながら、スピカに尋ねる。


 両親と妹は居なかった。

 仕事とか遊びとかに出かけているらしい。


「ところでスピカ。僕が乗っていたその、流れ星の場所って覚えてる?」

「ええ、分かりますよ?」


 サンドイッチのような昼食。それを一切れつまみながら、スピカは答える。


「案内してくれないかな? 中に必要なものがあるんだ」

「まあ、そうでしたか。お安い御用ですわ」

 スピカがサンドイッチを食べながら、にっこり微笑む。

 そして咀嚼し飲み込んでから、一言言った。



「でも、荒らされて無ければよいのですけど……」



 ペテルの動きが止まった。

「え? 荒らされて……?」



「はい。だって、勇者様が眠られていたあの流れ星、勇者様を中からお救いした後も開きっぱなしでしたもの」


 

 ペテルの手から、サンドイッチがボトリと落ちる。


「ウソでしょおおおおおっ!?」


 ペテルは思わず椅子から立ち上がって叫んだ。

 ビックリしてスピカの、サンドイッチを食べる手が止まる。

 テーブルの上のグラスが揺れて、あわや倒れかけた。


「じ、じ、じ、自動で閉まるはずなのに! あ、あ、開けっ放しになってたってこと!?」

「ええ、少なくとも勇者様をお救いした後も、ずっと開きっぱなしでしたよ」


 ペテルの頭の中がグルグル回る。

 目の前がグラグラする。

 船に乗っている時のように、テーブルが床が地面が。

 右に左に斜めに揺れる。


「いいいい、今すぐ案内して!! お願いだから! 今すぐ出発するんだ!」


 ただ事ではないペテルの様子に、スピカも動揺する。

「どうされたのです? 急にそんなに慌てて?」


「あの中には、僕の大事な荷物が! 置きっぱなしに、なっているんだああああっ!!」


 ただでさえ悪い顔色をさらに真っ青にさせて、ペテルは涙ながらに訴えた。


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