第3話 星の勇者1

 ここはどこだろう……?


 うすぼんやりした意識の中で、彼は思った。

 木造りの家だ。

 丸太が何本も積み重なっているような、壁が見える。


 僕はベッドで寝ているらしい。

 明るい。

 家の中だ。

 彼は思った。


 ああ、自分はどうしてしまったんだろう。

 急に宇宙船の制御がきかなくなったんだ。

 アラーム音が幾つも、やかましく鳴ったんだ。


 手をベッドの中から出して、持ち上げる。

 大丈夫らしい。

 手も足も動くらしい。

 手の指と、ベッドの中で足の指を動かして彼は少し安心した。



 自分はまだ宇宙服を着ていた。

 脱がせ方が、分からなかったんだろうか。

 頭のてっぺんから足の先まで、包み込んだ宇宙服ごと、ベッドに横たわっていた。


 それにしても、ここはどこなんだろう。

 着陸しようとした星のどこかには、違いないんだろうけど。

 まだ、少し眠い頭で辺りを見回す。

 寝室らしく、ベッドのほかには木造りの棚や、タンスが見える。

 そんなに広くない部屋だ。


 体を起こせるかな?

 と、ゆっくり起こしてみた。

 だいぶ重い。

 宇宙生活に慣れて、筋力が重力に慣れていないのか。

 それとも、墜落のときのショックのダメージか。

 とにかく、体は重かった。


 直感で、歩くことすら出来ないと思った。

 上体を起こしただけで、息切れした。


「これは、相当だな……」


 手のひらを握ったり開いたり。

 動くのを見ながら、そう思う。

 とりあえず、行きたい所があるんだけどなぁ。

 そう思いながらドアのほうを見つめる。


 思いが叶ったのか、そこから一人の少女がドアを開けて入ってきた。

「あっ! お目覚めになったのですね!」

 開口一番。少女はそう言った。


 しかし彼には、何を言っているのか分からなかった。


「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 しかし彼には、彼女が何を言っているか分からない。

 彼は宇宙服のヘルメットの、顔の前のガラスのフードや、耳の部分のボタンをいろいろと押し始めた。



 『超言語翻訳機能』



 数百億種の言語のパターンが登録されており、聴いた言葉を理解できる言葉に変換できる。

 もちろん逆に、こちらが話す言葉も同様だ。

 たとえ未知の世界の言語でも、あらゆるパターンから推察し、翻訳できる。

 文法においても、持ち主が話す言語の文法の法則に沿って翻訳してくれる優れものだ。


 このままでは窮屈なので、マイクとイヤホンを装備した状態でヘルメットだけ外すことにした。

 スピーカーも内蔵されているインカムだけ残して、ヘルメットに手をかける。


 外す前に、宇宙服の胸のボタンを操作する。

 ヘルメットのフードに結果が表示される。

 オールグリーン。

 どうやら、この星の大気は安全のようだった。

 周囲の大気も調整の必要はなさそうだ。

 

「プッハーッ! 窮屈だった!」


 この星の大気は安全と判断され、彼はようやくヘルメットを脱ぐことが出来た。




 一時間ほどかかったが、なんとか身振り手振りも含めて、彼女とコミュニケーションをとることができるようになった。

 ある程度、簡単な会話も出来るようになってきた。


 自分がどうやってここに至ったかも、説明してもらった。

 自分はやはり宇宙船ごと墜落したらしい。


 湖に運よく着水したらしいが、それでも湖からだいぶ離れたところまで、地面を削ったらしい。

 彼女が近寄ると、宇宙船は開いて、そこから彼が現れたそうだ。

 椅子に座り眠ったままの彼を見て、彼女はこう思ったという。



『星の、勇者様!』だと。


 御曐様おほしさまに助けを願ったとき、天から星の勇者様が、助けに来てくれる。


 と、いうことは!

 この方は、天から使わされた勇者だと。


 なにを言っているんだ。

 おとぎ話だ。

 と、彼は思った。


 しかし、彼女は疑うことなく彼を見つめて言う。

「あなた様は、星の勇者様です!」


 そしてこうも言う。

「だって、わたしをドラゴンから救ってくれたではありませんか!」


 それについては、覚えが無いのだが。

 ともあれ、彼女は無垢な瞳で、彼を勇者と信じて疑わなかった。

 少し弱った表情で、彼はきりだす……。


「ごめん、話の途中で悪いんだけど」

 何か言いたそうな彼女を、手で制する。

「あのさ……、言葉が通じるようになったからさ」

 顔を、伏せる。

「僕らと同じ構造みたいだからさ、聞きたいんだけど……」

 体が小刻みに震える。


「さすがに! 我慢の限界なんだ!」

 ベッドの中の、股間を押さえて、彼は叫んだ。


「トイレ! どこぉ!?」

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