第2話 流れ星に願いを

 少女は走っていた。

 少女は一心不乱に走っていた。

 なぜなら追われているからだ。


 森の中を、来た道を。

 とにかく一心不乱に走った。

 追手は空を飛んでいる。

 追いつかれるのは時間の問題だ。

 それでも少女は懸命に走った。


 少女は耳が長い。

 少女は耳が尖っている。

 少女は草色の髪を揺らしながら走っている。

 少女は布製の質素な洋服を着て走っている。

 少女はエルフだった。


 少女が杖と一緒に手に持っているのは、一輪の花だった。

 花弁が飛び散らないよう、守りながら走る。


 どうしてもこれが必要だった。

 ドラゴンの巣にしか咲かない花。

 妹の病気が原因だった。

 これしかないのだ。


 妹の。アトリアの病気を救う薬を作るには。


 無理を承知で、この森の深遠まで来たのだ。

 無理を承知で、崖を上り下りしたのだ。

 村の薬師が言っていた。

 取りに行くとは考えるなよ。

 ドラゴンの巣にしか、あの花は咲かぬ。


 だが知らなかったのだ。

 あの花を取られて、あんなにドラゴンが怒り狂うとは。

 あの花を取られて、こんなにまでドラゴンが追ってくるとは。

 甘く見ていた。

 心のどこかで甘く見ていた。


 ドラゴンが追ってくる。

 人語を理解する種だ。

 はるか上空を滑空して追ってくる。


 少女は見上げる。

 上空に見えるシルエットが、グングン大きさを増す。

 そのドラゴンのさらに上に、なにか流れ星のようなものが見えた。


 ドラゴンが叫ぶ。

「グハハハハァッ! 我から逃げられると思うてか!」


 ドラゴンの長い首が下をもたげる。

 エルフの少女を見据える。

 ドラゴンが、狙いを定めた。

 息を吸い込み、数発の炎の球を吐く。

 それを見て少女は叫んだ。


「ヒューリカ!」

 かざした杖の先から、吹雪といくつものの大きな氷の塊が、炎の玉に向かって放出される。


 氷と冷気の呪文だ。

 少女が得意とする、呪文だった。


 森の木々のさらに上空で、少女の放射状に放出される冷気の呪文が、降りそそぐ炎の玉とぶつかり相殺する。

 しかし、完全な火球の消滅には至らない。

 火球はかなり威力を弱めたものの飛び散り、少女の周りの草むらや森の木々を焼いた。


 少女は右に左に走る。

 ときには、呪文を唱えながら。

 とにかく撹乱するためだ。

 火球は相殺されながらも残り火が拡散し、周りの木々にあたり、それらを焼いた。


 湿気のある木はそう簡単には燃えない。

 地面も先日の雨で、まだ湿ったままだった。

 葉を焼き草むらを焼く。

 立ち並ぶ森の木の、枝葉にも燃え移る。

 地面に落ちた炎はそのまま、ジュウウと音を立てて消滅した。


 しかしエルフの少女にとって、脅威には変わりない。

 上空を見上げる。



 ドラゴンがもうシルエットから、その容貌を理解できるくらいの大きさまで近づいてきている。

 色やかたちも、目で確認できる。

 月明かりが眩しいくらいの夜だ。


 まだ木々よりだいぶ上空ではあるが、いつでもお前を攻撃できると言わんばかりに羽ばたいている。

 エルフの少女は、ドラゴンを見ながら走った。

 ドラゴンを見て、そのさらに上に視点を移す。

 エルフの少女は思った。



 流れ星が近づいている……?



「その花は、我の子らに必要なのじゃ!」

 上空から咆哮が、怒鳴り声に聞こえるまでには迫っていた。

 ドラゴンが叫ぶ。


 そんなことは知らなかった。

 そんな大事なものとは知らなかった。

 エルフの少女は懸命に走る。

 ワタシにだって!

 ワタシにだって必要なものだもの!


 花を守りながら少女は走る。

 流れ星が近づく。


 だが、体力はもたなかった。

 疲れ果て。

 走る速度も遅くなる。

 まるで脱落寸前のマラソン選手のようにハァハァと。

 残りの力で走る少女。


「グアアハハハハ! ここまでのようだな!」

 火球を放とうとするドラゴンが息を吸い込む。

 流れ星がいよいよ大きくなる。


 それを少女は見上げた。

 月明かりに照らされて。

 ドラゴンの頭がくっきり見える。


「ああっ!」


 少女は思わず叫んだ。

 流れ星の形すら分かった。

 その飛行体は流れ星ではなかった。

 角が丸い三角錐の形をしていた。

 複雑に絡まったヒモとその上に楕円形の、不恰好に開いている布で出来た何かを引っ張りながら。

 墜落。

 その言葉がぴったりな三角錐の金属の何かは。



 ずばり、ドラゴンの頭に命中した。


 

 頭に命中した三角錐の何かは、速度を落としながらも角度を変えて、森の向こうに落ちていった。

 同じくドラゴンも意識を失ったらしく、別方向へと墜落していく。

 一部始終を見ていたエルフの少女は立ち止まって、息を整えた。


 しばらくして、少女は小走りで三角錐が墜落したほうへと向かった。


 少女の願いが届いたのだ。


 御曐様おほしさまにずっと助けを心の中で求めていた。

 御曐様に、きっと願いが届いたに違いない。

 彼女はそう信じて、自分を助けた何か、分からないものが落ちた方角へと向かった。

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