起(2)

 ずっと壊れたままの自動ドアをむりやり押し開けて、廊下の端にある非常階段を駆け上がると、目の前に街の景色が広がっていく。

 道路を往来する車の影は見えず、他の建物の窓にも、人の気配はない。



 手すりから身を乗り出して下をのぞくと、腰から下が何だかきゅっとなる。

 何ともいえないスリルだ。

 力が入らないようでいて、逆に力が入りすぎるようで、むずむず、ざわざわ、ぞくぞく、ひやひやする。



 ぐっと顔を突き出した向こうに、壁のように連なった白い大きな建物の群れが見える。

 かつてはにぎわっていたショッピングモールだ。

 スグルは、たくさんの人々が行き交っていた昔の光景を思い浮かべる。

 いつの間にか感染が広まるウィルス、いきなり症状が現れて数時間で死んでしまう食中毒……。毎年のように新種の病気が現れて、だんだん閑散となって、そのうち、街の中からも目抜き通りからも、人が消えていった。



「そんなことしてると、危ないよ」

 今までずっと黙っていたサエコが、突然わかりきったことを言う。

 これがたのしいのに。

 彼女の言葉を無視して、二、三階おきに、くりかえしくりかえし、手すりから身をのりだしては階段をのぼり、やっとのことでいちばん上の十二階にたどりつく。



 渡り廊下が短く、ひとつしか扉が見当たらない。

「よほど広いのかな」

 サエコに話しかけるでもなく、ぼそっとこぼす。

 扉の前に立って、ドアのレバーをがちゃりと動かす。やっぱりここも鍵はかかっていない。

 たぶん誰もいないと頭ではわかっているけれど、それでもなぜか、こっそりと、土足のままで薄暗い部屋の中に入る。



 長い長い廊下の左右にあるドアを順番に開く。トイレ、そして風呂。どちらも水垢がこびりついていて、長い間使われていないとわかる。

 廊下の一番奥まで進んで、ドアを開く。



 リビングルームには灰色の古びたソファーセットがおかれ、その向こうのダイニングルームの中央にアルミの流し台がしつらえられている。



「こんなに広いうちは、はじめてかも」

 スグルのつぶやきに、サエコが言葉を返す。

「あっちにも部屋があるみたい」

 うながされてダイニングの奥にある部屋にそろそろと進む。



 ドアはなく、いたんであちこちすり切れた畳の床の上に、汚れたタオルやこわれたハンガーが、ばらまいたかのように散らばっている。

 壁には大きな本棚があり、同じような装丁の本が何十冊も並ぶ。

 深緑色の背表紙に打たれた金文字が、暗がりの中できらきら輝く。

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