『3』
先輩が九官鳥になってから一週間が経った。
いつも通り部室にやってくると、何故か部屋の中がぐちゃぐちゃになっていた。文学部が発行している文集やなにがしかの書類が床中に散らばっている。
そして先輩は、「ガーガー」と鳴きながら部屋の中を飛び回っていた。
「ちょ、先輩、何があったんですか? 誰か来たんですか?」
「ガーガーガー!」
先輩は答えない。まるで本物の九官鳥になってしまったみたいに鳴くばかりだ。
「先輩! 先輩ってば!」
私は先輩を捕まえようと手を伸ばすが上手くいかない。ただ呆然と、先輩が落ち着くのを待つしかなかった。
五分ほど経っただろうか。先輩がゆっくり旋回しながら、机の上に降り立った。
「……大丈夫ですか、先輩」
「ガー、ガー……だ、だい、大丈夫じゃ、ない」
「何があったんですか?」
「……わからない、覚えてない。ただ、突然、思考がぐちゃぐちゃになって……」
先輩は相変わらず頭を上下左右に一生懸命動かしている。その姿は、一週間前よりも鳥らしかった。
「……怖い。怖いよ、カガ。おれ、俺が、俺じゃなくなって、ガー!」
「……先輩?」
「ガー、ガーガーガー! ガー!」
先輩は私に何かを伝えようとしているみたいだったけど、それは私には鳥の鳴き声にしか聞こえなかった。黒い目が、困惑を伝えてきている。なのに私は先輩を理解してあげられない。私は九官鳥じゃなくて人間だから。先輩も、そうだったはずなのに。
その日、結局先輩はそれ以上喋ることができなかった。寝てしまったらしい先輩を隠して部室の中を片付け、私は家に帰った。本当は先輩を連れて帰りたかったけどそれはできない。うちには犬がいるのだ。今の先輩はきっと犬に負ける。そんなことないと思いたいけど、襲われてしまったらひとたまりもない。
私はようやく状況を正しく理解した。先輩は、きっとこのまま本当の九官鳥になる。いつまでも人間だった頃と同じように喋ることはできない。もう思考はほとんどただの九官鳥のようになってしまっているのだろう。
私は先輩のことが好きだから助けてあげたいけど、どうしたらいいのかわからなかった。というかそもそも、九官鳥になってしまった先輩は先輩と言えるのだろうか? 私はそれと会話ができたから先輩だと定義づけたのであって、もし会話ができなくなってしまったら、それはもう先輩ではないのではないだろうか? それなら、私がそれを助ける必要はあるのか?
どうしてあげるのがいいのだろう。誰かに相談する? それともこのまま先輩を飼う? どれも不正解なような気がして、でも私にはいい方法が思いつかない。
先輩、先輩は、どうしたいのだろう? 私は、先輩に、どうしてあげるのがいいのだろう。
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