5
ポタポタと落ちる涙を拭おうと、伸ばした手を翔さんが掴む。
『笑って…?』
俺も笑うから、だから翔真さんも笑って?
だって、今のこの幸せを悲しい記憶にだけはしたくないから…
『ね…、笑って…?』
きっと俺だってぐっちゃぐちゃの顔してる。
それでも無理矢理笑みを浮かべると、翔真さんがコクリと頷いて、掴んだ俺の手を翔真さんの頬へと導いた。
「そうだね…、こんなに幸せなのに、泣いたりしたら、せっかくの幸せが逃げちゃうね」
『うん、そうだよ?』
泣いたりしたら勿体ないよ。
この先、どんなに強く願ったとしても、きっと今のような至福の時間は、俺達には二度と訪れることはない。
だから今だけは…
俺が手を伸ばすと、翔真さんがそっと俺の手を握ってくれて、お互いの指と指がきつく絡み合った。
一瞬…
この手をずっと握っていたい…って、絶対叶いそうもないことを望んでしまう。
幸せに満ちたこの時間が過ぎたら、この手は俺の物じゃなくなるって、ちゃんと分かってるのに…
だから、
“愛してる…”
なんて言えない…、言っちゃいけないんだ…
俺は喉まで出かかった言葉を飲み込むと、
「智樹…、とも…っ…」
涙に震える声を聞きながら、静かに降りて来る翔真さんの唇と、急激に加速度を増した腰を、折れる程背中をしならせ、全身で受け止めた。
そして感じた熱…
ドクドクと脈打ちながら、俺の中に注ぎ込まれる翔真さんからの愛を、身体の一番奥…深い場所で感じた。
なのに俺は…
『ごめ…、俺っ…』
結局イク…までは至らなくて…
その事が悔しくて、申し訳なくて…、涙が止まらなかった。
泣いちゃいけない、って…
俺が泣いたら翔真さんが苦しむって分かってるのに…
笑っていようって言ったのは自分なのに…
これで終わりなのに、って思ったら、涙が抑えきれなくて…
「気にしないで?」
『でも…』
「こうして智樹が俺を受け入れてくれただけで…、それだけで充分幸せだから。だからもう泣かないで?」
しゃくり上げる俺の頬を、翔真さんの手がそっと撫でる。
嫌だ…、別れたくない…
例え翔真さんに家庭が出来たとしても、ずっとこうしていたい…
そう言ってしまえたら、どんなにか楽なんだろう…
でもそれは同時に、翔真さんの幸せも、そして未来をも奪うことになる。
それが分かってるから、最後に一度だけ…と強請った筈なのに…
どうしたって折り合いの付けられそうもない感情は、涙となって俺の頬を濡らし続けた。
そうして一頻り泣いた後、
「風呂…行こうか? 身体、綺麗にしないとね?」
そう言って翔真さんがゆっくり俺から離れて行った。。
瞬間、俺と翔真さんとを繋ぐ細い糸が、プチンと音を立てて切れたような気がした。
一人でも大丈夫だって言ったのに翔さんは強引で…
バスルームで全身を隈なく洗われて、風呂から上がった頃には二人して腹ペコで(笑)
こんなときでも時普通に腹が減る自分にちょっと呆れた。
とは言え、普段から料理なんてしない翔真さんの家の冷蔵庫には、食料の類は何も入ってなくて…
結局、翔真さんが作ってくれたカップラーメンを、カウンターテーブルに二人で並んで食べた。
色気なんてどこにもない。
もしあるとしたら…、それはお互い何も身に着けていない、ってことだろうか…
しかも翔真さんときたら、まるで子供みたいにな食べ方するから、あちこちスープを飛ばしては、
「アチチッ…」って、何度も飛び上がるから笑っちゃって(笑)
凄く、楽しかった…
二人で食べた最後の飯がカップラーメンだった、ってのはちょっと残念だけど。
「雨…、止まないね…」
猫舌の俺よりも先にラーメンを食べ終えた翔真さんが、窓の外に視線を向けながら言う。
『…うん』
「送って行きたいんだけど、この雨だし…」
カウンターテーブルに俺を残して席を立った翔真さんは、ソファの背凭れに引っ掛けてあったTシャツを頭から被り、カーテンを開け放った窓辺に立った。
その後ろ姿を見つめていると、何とも言えない寂しさが胸に込み上げて来て…
俺はラーメンが残り少なくなったところで箸を置き、静かに席を立つと、翔真さんの背中に抱き付いた。
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