ポタポタと落ちる涙を拭おうと、伸ばした手を翔さんが掴む。


『笑って…?』


俺も笑うから、だから翔真さんも笑って?

だって、今のこの幸せを悲しい記憶にだけはしたくないから…


『ね…、笑って…?』


きっと俺だってぐっちゃぐちゃの顔してる。


それでも無理矢理笑みを浮かべると、翔真さんがコクリと頷いて、掴んだ俺の手を翔真さんの頬へと導いた。


「そうだね…、こんなに幸せなのに、泣いたりしたら、せっかくの幸せが逃げちゃうね」


『うん、そうだよ?』


泣いたりしたら勿体ないよ。


この先、どんなに強く願ったとしても、きっと今のような至福の時間は、俺達には二度と訪れることはない。


だから今だけは…


俺が手を伸ばすと、翔真さんがそっと俺の手を握ってくれて、お互いの指と指がきつく絡み合った。


一瞬…


この手をずっと握っていたい…って、絶対叶いそうもないことを望んでしまう。


幸せに満ちたこの時間が過ぎたら、この手は俺の物じゃなくなるって、ちゃんと分かってるのに…


だから、


“愛してる…”


なんて言えない…、言っちゃいけないんだ…


俺は喉まで出かかった言葉を飲み込むと、


「智樹…、とも…っ…」


涙に震える声を聞きながら、静かに降りて来る翔真さんの唇と、急激に加速度を増した腰を、折れる程背中をしならせ、全身で受け止めた。


そして感じた熱…


ドクドクと脈打ちながら、俺の中に注ぎ込まれる翔真さんからの愛を、身体の一番奥…深い場所で感じた。


なのに俺は…


『ごめ…、俺っ…』


結局イク…までは至らなくて…


その事が悔しくて、申し訳なくて…、涙が止まらなかった。


泣いちゃいけない、って…

俺が泣いたら翔真さんが苦しむって分かってるのに…


笑っていようって言ったのは自分なのに…


これで終わりなのに、って思ったら、涙が抑えきれなくて…


「気にしないで?」

『でも…』

「こうして智樹が俺を受け入れてくれただけで…、それだけで充分幸せだから。だからもう泣かないで?」


しゃくり上げる俺の頬を、翔真さんの手がそっと撫でる。


嫌だ…、別れたくない…

例え翔真さんに家庭が出来たとしても、ずっとこうしていたい…


そう言ってしまえたら、どんなにか楽なんだろう…


でもそれは同時に、翔真さんの幸せも、そして未来をも奪うことになる。


それが分かってるから、最後に一度だけ…と強請った筈なのに…


どうしたって折り合いの付けられそうもない感情は、涙となって俺の頬を濡らし続けた。



そうして一頻り泣いた後、


「風呂…行こうか? 身体、綺麗にしないとね?」


そう言って翔真さんがゆっくり俺から離れて行った。。


瞬間、俺と翔真さんとを繋ぐ細い糸が、プチンと音を立てて切れたような気がした。




一人でも大丈夫だって言ったのに翔さんは強引で…


バスルームで全身を隈なく洗われて、風呂から上がった頃には二人して腹ペコで(笑)


こんなときでも時普通に腹が減る自分にちょっと呆れた。


とは言え、普段から料理なんてしない翔真さんの家の冷蔵庫には、食料の類は何も入ってなくて…


結局、翔真さんが作ってくれたカップラーメンを、カウンターテーブルに二人で並んで食べた。


色気なんてどこにもない。

もしあるとしたら…、それはお互い何も身に着けていない、ってことだろうか…


しかも翔真さんときたら、まるで子供みたいにな食べ方するから、あちこちスープを飛ばしては、


「アチチッ…」って、何度も飛び上がるから笑っちゃって(笑)


凄く、楽しかった…


二人で食べた最後の飯がカップラーメンだった、ってのはちょっと残念だけど。


「雨…、止まないね…」


猫舌の俺よりも先にラーメンを食べ終えた翔真さんが、窓の外に視線を向けながら言う。


『…うん』

「送って行きたいんだけど、この雨だし…」


カウンターテーブルに俺を残して席を立った翔真さんは、ソファの背凭れに引っ掛けてあったTシャツを頭から被り、カーテンを開け放った窓辺に立った。


その後ろ姿を見つめていると、何とも言えない寂しさが胸に込み上げて来て…


俺はラーメンが残り少なくなったところで箸を置き、静かに席を立つと、翔真さんの背中に抱き付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る