泣くつもりなんてなかった。


なのに一度決壊してしまった俺の涙腺は、もうどうしたって塞き止めることは出来なくて…


俺が泣き出したことに慌てた翔さんが、


「ごめん…、違うんだ、そうじゃなくて…、俺はただ君をこれ以上傷つけてしまうのが怖くて、だから…」


俺の頬を包んで、小さなキスをくれる。


そして、


「おいで…?」


俺の手からペンを抜き取ったかと思うと、そのまま指を絡められて…


『翔…さん…?』


俺が見上げると、


「ごめんね、智…。君をこんな風に泣かせたくはなかった…」


今度は翔さんの方が泣きそうな顔をしていて…


その顔を見た瞬間思ったんだ…


ああ、この人は本気で俺のことを…、って…


出会ってからの時間なんて関係ない、同性であることも、世間体だっても…、直接言葉を交わせないことも…


俺のために、目の前に立ちはだかる壁全てを乗り越えようとしてくれていたんだ、って…


良かった…


初めて心の奥底から“好きだ”と思えた人がこの人で、本当に良かった。


「ベッド、行こうか…?」


『…うん…』


小さく頷いた俺の額に、翔さんの唇が触れたかと思うと、急に俺の身体が浮き上がって…


咄嗟に翔さんのシャツをキュッと握った。


もし許されるのであれば、ずっとこうしていたい…


でも離さなきゃいけないんだよね?


それが分かってるから、翔さんが俺の気持ちに応えてくれたことが嬉しくて、こんなにも幸せなのに、悲しくて…切なくて…


俺は翔さんに見えないように、目尻に浮かんだ涙をそっと拭って、笑顔を浮かべた。


ベッドにそっと下ろされると、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきて…


でも、


「明かり…消そうか…」


多分翔さんも緊張してたんだろうね…、強ばった顔で言うから、俺は首を横に振った。


「消さなくて良いの?」


『…うん』


明かり消したら、翔さんの顔見えなくなっちゃうでしょ?


「良かった…、俺も同じだから…」


えっ…?


「智の姿をこの目に焼き付けておきたいから…」


凄く嬉しかった。


俺も翔さんと同じこと考えてたから…


ベッドに入ってからも、翔さんはやっぱり優しくて、かっこよくて…、シャツを脱いだ胸板の厚さに思わずドキッとした。


なのに、俺に触れる手は笑っちゃうくらい不器用で…(笑)


でも、触れられる擽ったさに笑っていられたのも最初だけで、その後は次々と押し寄せて来る快感の波に息を身だし、声なんて出ないのに喉を枯らす程に喘いで…


そうして漸く一つになった時には、その喜びよりも何よりも、身を裂くような痛みに、翔真さんの背中に爪を立てた。


「力抜いて」って、翔真さんが俺の耳元で言うけど、その声すら俺の耳には届かなくて…


俺が身体を強張らせることが、翔真さんに苦痛を与えるってことを、頭では分かっていた筈なのに、いざとなるとそんなことも考えられないくらい、痛みで思考は麻痺してしまう。


きっと翔真さんも痺れを切らしたんだと思う。


突然視界が暗くなったかと思うと、乱れた呼吸を飲み込むように、翔真さんが俺の唇を塞いでいて…


初めてだった…、全身の力が一気に抜けて行くような…、乱暴で…、だけど優しくて、甘いキスをされたのは…


そして俺の中が翔真さんで満たされた…、と分かった瞬間、胸の奥が凄く熱くなって、ついでに目頭まで熱くなって…


固く閉じていた瞼を薄らと持ち上げると、そこには幸せそうに微笑む翔真さんがいて…


ああ…、俺達漸く一つになれたんだ


そう感じた時、俺の胸にポツリ…と熱い雫が落ちた。


どうして…?

泣かないで…?

そんな悲しい顔で笑わないで?


お願いだから、


「ごめん…、智樹…、愛してる…」


愛の言葉を囁きながら、謝ったりしないで…?

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