3

石のように固まったまま動けずにいる俺をソファに座らせ、翔真さんがフッと息を吐き出す。


翔真さんが何を言うのか…そんなの聞かなくたって大体想像がつく。


嫌だ、聞きたくない!


出来れば耳を塞いでしまいたい…、けど翔真さんに両手を握られてしまったらそれも出来なくて…


俺は翔真さんの口から吐き出される言葉に、今にも泣き叫びたくなる感情を抑え付けて耳を傾けた。


「付き合ってた人がいる、って話したろ? その人との間に子供が出来たんだ…。さっきのは、赤ん坊の写真で…」


そこまで言って翔真さんが言葉に詰まる。

俺の手を握る手も微かに震えてるから、翔真さんも俺以上に辛いんだと思う。


翔真さん自身予想もしていなかったことが起きてるんだ、ってことは分かる。


でも…、俺達みたいな同姓のカップルならともかく、男女のカップルであれば、セックスをした時点でその可能性は少なからずあることを、頭の良い翔真さんなら当然分かっていた筈。


なのにどうして…


俺は自分が“男”であることが悔しくて堪らなかった。


もし翔真さんとは別の性を受けていたら、ひょっとしたらその“彼女”って人とも対等の立場になれたかもしれないのに…


もしかしたら俺だって、その人のように翔真さんの…


そんな夢とも幻とも思えるような想いに思考を巡らせていたから…なのかな、きっと泣きそうな顔をしていたんだろうね…


翔真さんが俺を抱きしめた。


強く強く…、そんなに強くされたら骨が折れちゃう、ってくらいに強く…


そして俺の肩に顔を埋め、何度も何度も深い呼吸を繰り返す翔真さん…


その吐き出される吐息一つ一つが、俺に向かって「ごめん」って言ってるようで…


俺は翔真さんの背中に回した手を解き、大きく上下する胸を叩いた。


「な…に…?」


翔真さんが凄く不安そうに俺を覗き込むから、俺は翔真さんにも伝わるように、ゆっくりと口を動かした。


『別れよ…』って…


声なんて出てないのに、震える声で…


でも俺がどんなにゆっくり口を動かしても、翔真さんには全然伝わらないみたいで…


いつもならそんなことないのに…ね?


俺は仕方なくテーブルの上に用意してあったメモ用紙とペンを手に取ると、やっぱり震える手で俺の言葉を綴った。


『俺達、終わりにしよう…』

「違っ…、どうして…」


翔真さんが、元々大きな目を更に大きく見開いて、首を小さく何度も横に振る。


分かってるよ…

俺に言わせたくないんだよね?


でもね、俺が言わなきゃ、きっと翔真さんの口からは言い出せないこと…俺は知ってるから…


だって翔真さん…優し過ぎるから…


自分から別れを切り出せば、俺が傷付くって思ってるんだよね?


だから俺から…

俺の方から別れて上げるよ…


でも…


『最後に、一つだけワガママ言ってもいい?』


きっと最初で最後の我儘…


「そん…な…、最後とか…、頼むから言わないでくれ…」


俺を抱きしめようと伸びて来る手を拒み、テーブルに向かった。


『一度だけでいい…、抱いて欲しい…』

「智樹…、本気で…?」

『うん…』


信じられないとばかりに声を震わせる翔真さんに、小さく頷いて見せるけど、動揺しているのか、その目は激しく揺れていて…


『まだ…迷ってる?』


すぐには返事をくれないことに不安になった俺が見上げると、翔真さんは苦しそうに顔を歪めていて…


やっぱりまだ迷ってるんだ…

そりゃそうだよ…ね…


俺だってその“答え”に辿り着くまで、凄く悩んだし、迷いだってした。


でも翔真さんが旅行に誘ってくれた時に思ったんだ…


もし翔真さんに求められたら…

仮に求められなくても…、翔真さんが俺とは違う“答え”を出したとしても、俺は翔真さんの意志を受け入れよう、って…


でも今は違う。


これで…

これが最後になるのなら、一度だけで良い…翔真さんとの記憶を俺の身体に刻み付けて欲しい。


『もし、無理だと思ったら、途中で止めても良いから…。だから…』


そこまで書いて、とうとう堪えきれなくなった涙が、メモ帳の上にポタリと落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る