第13章 coda
1
船に乗りたい…
そう言った彼の目はとても輝いていて…
だから本当は以前から行きたかった場所に智樹を連れて行きたかったけど、それも諦めて彼の願いを叶えることにした。
智樹と一緒なら、何をしていても楽しいし
智樹と一緒なら、何をしていても幸せだと…
智樹の笑顔を見るためなら、有給を取るために山のように積まれた業務をクリアすることだって、全然苦じゃなかった。
たとえ会うことが出来なくても、
たとえメールでしか会話が出来なくても、
智樹と二人きりの時間を過ごすためなら、会いたくて会いたくて…募る思いだって我慢出来た。
智樹のためなら…
床に広げた物を、一つ一つ確認しながらボストンバッグに詰め込んで行く。
…が、何をどうしても一つに収まりきらない。
毎度のことだけど、心配症な俺は、行き先や日数に関係なく、不思議と荷物が多くなってしまう。
たかだか一泊するだけなのに…
レンタカーを借りたから、手に持って移動することはないけど…、いくらなんでもボストンバッグ二つは多過ぎるよな。
「仕方ない…、少し減らすか…」
ボストンバッグに詰め込んだ物を再び床に広げ、余分に入れた着替えやなんかを一着ずつ減らした。
まあ…、最悪買えば良い。
「あとは…」
減らせる物と言ったら、ホテルに完備されているであろうアメニティ関連か…
基本、自分の使い慣れた物や気に入った物を使いたい俺だけど、少しでも荷物を減らすため、泣く泣く持ち物リストから外した。
そうして何とか一つのボストンバッグに収った荷物を、出かけに慌てないよう、玄関の脇に置いておく。
そうだ、靴も用意しておかないと…
シューズボックスから、普段はあまり履くことのないスニーカーを取り出し、ボストンバッグの横に並べておく。
その時、俺は肝心な物をバッグに入れていないことを思い出して、慌ててリビングに引き返した。
もしかしたら…と思って、薬局で買っておいた所謂“必需品”が入った紙袋を、ボストンバッグの隙間に押し込む。
必要になるかは…正直分からないが、でも一応準備だけは…ね?
少しでも長く智との時間を過ごしたくて、深夜までバイトのある智樹には申し訳ないかと思ったが、待ち合わせの時間は、普段仕事に出るのと同じにした。
どちらかの家から一緒に出ることも提案したが、智樹曰く…“ それじゃ意味が無い“ そうで、俺の提案は速攻で却下された。
それに、たとえ一泊とは言え留守にするとなると、簡易的な物ではあったが、和人くんの仏壇に線香を上げられなくなるのも気になっていたようだった。
俺は会社から帰宅すると、買って来た弁当で晩飯を済ませ、シャワーを浴び終えてから、少々時間は早いがすぐに就寝の態勢に入った。
慣れない車の運転があるから、睡眠不足は禁物だ。
ベッドに入り、「おやすみ」と、だけ智樹にメッセージを送る。
本当はもっと話したいことがあったが、止まらなくなりそうだったから止めた。
アラームをセットして、部屋の明かりを全て落とすと同時に瞼を閉じた。
朝からフル稼働状態だったし、なんなら残業だってミッチリこなして来てるし、身体は程よく疲労している筈だから、すぐ眠れると思った。
…が、興奮してんのかな…、全然眠れやしねぇ…
これじゃ、遠足を翌日に控えた子供みたいじゃんかよ…
結局、ベッドの中で何度も向きを変えること数回…
漸く眠りについたのは、窓の外が僅かに白んで来た頃だった。
睡眠…と言うよりは、ほぼ仮眠に近い状態でアラームに起こされた俺は、目が覚めると同時にスマホを手に取った。
そしてそこに表示された「楽しみにしてる」の一言を見た瞬間、思わず笑みが零れた。
とは言え、智樹から返信があった喜びに浸ってる程、時間的な余裕はない。
ベッドを飛び出た俺は、コーヒーのセットを先に済ませてから、着替えを始めた。
財布とスマホ、それから事前に借りておいたレンタカーのキーをローテーブルの上に並べ、タイミング良く落とし終えたコーヒーをカップに注いだ。
ミルクと砂糖を多めに投入し、カップに口を付けようとした、丁度その時…
インターホンが鳴り、モニター画面にエントランスの様子が映し出された。
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