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「で、話って?」
松下がオーダーした料理も全て揃い、追加のビールも届いた所で、俺の方から口火を切った。
松下がこうして俺を誘って来るのには、必ず理由がある筈だ。
なのに松下と来たら…
「何が? 俺、別に話とかないけと?」
濃い顔に爽やかな笑顔を浮かべて、シレッと言いやがった。
あまりにもサラッとした口調に、じゃあ何で俺を誘った?、と言ってやりたい所だったが、やめておいた。
松下の誘いがなければ、こんな店に来ることもなかったし、何より俺自身一杯飲みたい気分だったから…
ま、相手は松下じゃなくても良かったんだけど(笑)
「あ、そう言えば智樹とは? あれから会ってんの?」
「まあ、それなりに?」
「ふーん、じゃあさ…」
松下が料理の並んだテーブルに両肘を着き、ニヤリと意味深な笑いを浮かべた。
その顔を見ただけで、松下が何を言いたいのかが分かる。
だから俺は、松下が口を開く前に、
「お前が期待するようなことは、何もしてねぇよ」
先手を打った。
すると松本は、それまで興味津々だった松下の表情が一転、その端正な顔立ちも台無しになるくらいの、見事な膨れっ面に変わった。
ったく…、子供かよ(笑)
「あんなあ…、お前と何年付き合ってると思う?」
入社式の日に、たまたま配属された部署が同じだったことから意気投合して以来だから、かれこれ三年の付き合いになる。
松下の考えてることなんて、わざわざ聞くまでもなく分かる。
まあ、たまにその脳ミソをかち割って、頭ん中覗いてみたくなることもあるけど…
「じゃあ“例のアレ”はまだ役に立ってない、ってことか…」
“例のアレ”ってのは、おそらくあの“例のDVD”のことだろう。
「見るには見たんでしょ?」
「まあ…、チラッとは…」
「どうだった? 少しは参考になった?」
参考になったも何も…、それが原因で危うく俺は智樹に…、ってのは今は伏せておくことにしよう。
松下を喜ばせる格好の餌にもなり兼ねないからな(笑)
「まあ…行為自体は何となく…な?」
実際、その手の情報はネットやなんかで検索すれば、何重ものオブラート包んだモノやら、現実重視のモノまで、驚かく程溢れている。
勿論、松下から借りたDVDなんかよりも、もっと過激な動画なんかも同様に…
だから俺も、全くその世界のことを知らないわけでもない。
「ただやっぱさ、自分をそこに置き換えて考えると…、正直怖くなるっつーかさ…」
「だよね…。俺はさ、どっちもイける口だからさ、どっちの気持ちも分かるけど、俺の場合は元々ノーマルな人間じゃないからさ…」
そうなんだよな…、って…
「え、ええっ…!? どっちも…って、お前…そうだったの…か…?」
「え? 俺言ってなかったっけ? 俺、ネコもタチもどっちもOKなの♪ ビックリした?」
いや…、ビックリも何も…、衝撃だった…っつーか…
「多分智樹もそうなんじゃない? アイツ、自分では根っからのタチだって言ってるけど、それは抱かれる喜びみたいなのを知らないだけでさ、一度抱かれたら変わんじゃないかなって…」
そんなモンなの…か…?
俺にはもう良く分かんねぇよ…
「ハ、ハハハ…」
笑うことかしか出来ない俺は、グラスのビールを一気に飲み干すと、コールボタンを押して、追加のビールを注文した。
その後も酒は進み…
自分でも、流石にこれ以上はまずい、そう思って俺は松下を一人個室に残し、スマホだけを手にトイレに席を立った。
同じだけ…いや、俺より遥かに量を飲んでいる筈なのに、松下は平然とした顔をしているんだから大したもんだ。
それに比べ俺は…
思った以上に酔っ払っているのか、足元に覚束無さを感じたが、何とか用を足し、松下の待つ個室へと向かおうとしている時だった。
「翔真?」
穏やかなクラシック音楽が流れる店内で、俺は声をかけられて足を止めた。
そして振り返った瞬間、俺は酷く後悔した。
振り返るんじゃなかった、と…
「や、やあ…、奇遇…だね…」
勿論酔っていたせいもあるけど、それ以上に動揺してたんだと思う、俺の口から出たのは、とても間抜けな一言だった。
「珍しいじゃない、貴方がこんな店に来るなんて…。一人?」
何かを探るような目が、俺の背後に向けられる。
「いや…、友人と…」
「もしかして…、この間の彼? ほら、花火大会で一緒だったでしょ?」
「違うよ…、会社の同僚で…、前に話したことがあっただろ、同期の…」
嘘はついていない。
でも彼女の目は勘ぐるように細められ、俺と付き合っていた頃には見たこともない、真っ赤な口紅を塗った唇の端を僅かに上げた。
そして膝の上にかけていたナフキンを丸めてテーブルの端に置くと、連れの男性に「ちょっと失礼」とだけ言って席を立った。
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