第11章 pesante
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智樹が俺の部屋に泊まった翌日、珍しく松下から電話がかかってきた。
普段ならメールで済ませることが多い松下なだけに、何事かと思って電話に出てみれば、
「飲みに行かない?」
いつもの如く飲みの誘いで…
またか…、と一旦は断ろうとも思ったが、俺も松松下に話したいことがあったし、嫌々半分ではあったが、松下の誘いを受けることにした。
まあ、話しと言っても、俺の場合大半が”恨み言”になるんだが(笑)
時間と待ち合わせ場所を決め、電話を切った俺は、軽くシャワーだけを浴び、適当に着替えを済ませると、マンションを出て、事前に頼んであったタクシーに乗り込んだ。
まだ各種交通機関が利用出来る時間内ではあるが、せっかくシャワーを浴びてサッパリしたのに、また汗をかく気にはとてもなれなかった。
流れる車窓を眺めながら、ふと思うのはやっぱり智樹のことで…
スマホを取り出した俺は、迷うことなくメールアプリを開いた。
期待…してたんだろうな…
智樹からのメッセージがないことに、俺はガックリと肩を落とした。
翌々考えてみれば、智樹はそう頻繫に連絡をくれる方でもないし、智樹からのメッセージがないことは、何ら不思議な事ではなくて…
それでも智樹の”声”を聞きたいと思う俺は、きっと欲張りなんだと思う。
俺は極短いメッセージを打ち込むと、相原さんの店でバイト中の智樹にメールを送った。
恐らく、智樹から返信があるとしたら、バイトが終わった深夜。
その頃には帰宅出来てたら良いな…つか、絶対帰る!
約束の時間よりも早めに目的地に着いた俺は、松下の到着を待つことなく、松下から指定された店に入った。
驚いたことに、松下が予約していたのは、落ち着いた雰囲気の、所謂バーレストランで…
こんな店だと分かっていたら、もう少しまともな格好をしてきたのに…
どうせお気軽な居酒屋だろうと高を括って、お気に入りのラフ過ぎる服を選んでしまったことに後悔した。
入口で店員に松下の名を告げると、ピシッと身形を整えた、如何にもギャルソン風の若いウェイターが、俺を個室へと案内してくれた。
見る限り、とても品の良い、それでいて落ち着いた雰囲気のある店だけに、定食屋と同じテンションで話すのは気が咎めるような気もしたが、個室ならそこまで気を遣う必要もない。
俺は松下が来るまでの間、時折スマホに視線を向けながら、メニュー表を捲った。
どれも名前も聞いたこともないような料理ばかりで、しかも俺の見間違いじゃなければ、“ 0”の数も一つばかり多いような気がして…、一瞬頭の中に財布の中身を想像したが、カードもあることだし、取り敢えず何とかなるだろう。
いや、寧ろ何とかなって貰わないと困るんだが…
つか…、それにしても遅くねぇか?
自分から誘っておいて遅刻とは…
まあ、松本のことだから、そう珍しいことでもない(笑)
俺は一人笑うと、メニュー表をパタンと閉じた。
その時、丁度タイミング良く俺のスマホがブルッと震え、画面に短いメッセージが表示された。
『俺も会いたいよ』
智樹からだ…
俺はすぐ様メールアプリを起動させ、スマホの画面に指を滑らせた。
『週末会えないかな?』
俺にしては短いメッセージを打ち込み、いざ送信!
…と思ったら…
「ごめんごめん、遅くなっちゃって〜」
タイミング悪く、ウェイターに案内され松下が個室に入って来た。
チッ…
俺は心の中で舌打ちしながらも、オーダーを待つウェイターの手前、営業用スマイルを浮かべて松下を出迎えた。
「取り敢えずビールと…、後は適当で良い?」
「ああ、うん…、任せるよ」
メニュー表を見たところで、俺にはチンプンカンプンだし、ここはこの店を選んだ松下に任せた方が無難だ。
「OK、じゃあ…」
松下はメニューを開くことなく、まるで呪文のような料理名を、それはそれはスラスラとウェイターに伝えた。
うん…、ちょっと見直したかも…(笑)
“取り敢えず”のビールがそれぞれの前に運ばれ、俺達は当たり前のようにグラスを軽く合わせてから、乾いた喉に冷えたビールを流し込んだ。
「ああ、美味い!」
満足気にグラスを傾ける松下。
でも俺にはちょっと物足りない。
やっぱりビールは洒落たグラスなんかじゃなく、手首にズシッと感じるジョッキの方が、俺的には好み…と言うか合ってると思う。
次々テーブルの上に所狭しとならべられる料理にしてもそうだ。
デカい皿の真ん中に、センス良く盛られた横文字の料理より、大皿にドンと盛られた煮物や、炭火で焼かれた焼き鳥の方が好みだ。
ま、腹に入ってしまえば、どれも同じなんだけど(笑)
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