「あれ? リモコン、分からなかった?」


トイレから戻って来た桜木さんが、ドカッとソファに胡座をかいて、リモコンを手にする。


そして俺が押したのとは違うボタンを押した。

テレビのスイッチが入り、堅苦しいスーツ姿のニュースキャスターが画面に映る。


そっか…、俺が押したのはDVDプレーヤーの電源だってのか…

だから、あんな映像が…


それにしたって驚きだったけど…


その証拠に、腹は空いてる筈なのに、弁当は一向に減る様子がない。


それに気付いた桜木さんが、


「どうしたの? もうお腹いっぱい?」


俺を覗き込んで来るけど、返事なんて出来る筈もなくて…


それでも桜木さんが気にするからと、魚のフライを頬張ってはみたけど、飲み込むことが出来なくて…

結局缶に残っていたビールで流し込んでから、弁当に蓋をした。


そしてスマホを取り出すけど、思った以上に充電が減ってるのに気付いて、桜木さんのシャツの袖を引くと、紙とペンを貸して欲しいと訴えた。


「これで良い?」


差し出されたメモ用紙とペンを受け取り、何も書いていない用紙にペンを走らせる…けど、なんて聞いたら良いのか…


やっぱりストレートに聞くべき…なのか?

それとも何枚も重ねたオブラートに包むべき?


俺は迷った結果、


『DVD…見ちゃった…』


間違ってDVDの電源を入れてしまったこと、そしてDVDを見てしまったことを伝えた。


桜木さんは、一瞬困ったような、焦ったような…、そんな様子を見せたけど、すぐに真面目な顔をして箸を置いて、俺の方に身体ごと向けて座り直した。


「松下から借りたんだ…って言うか、正直に言えば“押し付けられた”んだけどね…」


潤一さんが…?


「俺…さ、女性とは勿論経験あるけど、男性とは…その…、初めてっつーか…」


知ってるよ…。

寧ろ、男性との経験がない方が、世間で言う“普通”なんだってことも…


「松下に聞かれたんだ…“どうしたいんだ”ってさ…」


それは、“ 抱きたい”のか“抱かれたいのか”ってこと?


「流石にさ、答えに困ってね…」


だろうね…

“抱く”にしろ“抱かれる”にしろ、元々ノンケの人にしてみれば、相当な覚悟が必要だし、よっぽど強く相手のことを想ってなきゃ、中々一歩を踏み出すのは難しいと思う。


『答えは? 出たの?』


メモ用紙に書いた俺の問いかけに、桜木さんが首を横に振る。


うん…、出なくて当然だと思う…


こんな俺でも、和人と初めてセックスしたいと考えた時は、実際凄く悩みもしたし、迷いだってした。

DVDやネットで、現実を目の当たりにすればするほどに、ね…


「べ、別に君のことが嫌いになったとか、そんなことじゃないんだ…。寧ろ、出会ってからまだ数える程しか会ってないし、君のことを全部分かってるわけでもないけど…」


それは俺だって同じだよ…?


「君への想いは、どんどん強くなってる、って言うか…」


俺もだよ…。


俺も桜木さんが好きで好きで…、自分でもどうしちゃったんだろうって思うくらい、好きで…


「だから余計に君を大事にしたいし、君と、その…つまり…、そう言う関係になりたいとも思ってる」


俺だってそう思ってる。

桜木さんがどんな選択をしたとしても、俺も桜木さんとそういう関係になりたいと思ってるし、受け入れるつもりでもいる。


もし桜木さんが俺を“抱きたい”って言ったら…それはちょっと覚悟がいるけど…


でも、その一歩を踏み出す勇気が、中々出ないんだよね?


「大田君は…さ、俺をその…抱きたいとか思ったりするのかな…?」


それまで真っ直ぐに俺の目を見つめていた桜木さんが、顔を真っ赤に染めて視線を逸らすから、俺までつられて顔が熱くなって来る。


俺が桜木さんを抱く…、考えなかったわけじゃないし、多分“可能”だと思う。


でも、本当は俺…


『桜木さんは俺に抱かれても良いって思ってる?』

「えっ…?」

『試してみる?』

「試す…って…、何…を…?」


目を丸くする桜木んを抱き寄せ、見下ろした顎先に指をかけた。


一瞬、和人の顔と桜木さんの顔とが重なったけど、それを振り払うようにして、戸惑いを隠せず震える桜木さんの唇に、自分のそれを重ねた。


肉厚な唇の輪郭を舌先でなぞり、僅かに開いた隙間から舌を差し込んだ。


瞬間、桜木さんの身体に力が入ったのが分かった。

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