4
唇を重ねたまま、ゆっくり櫻井さんをソファの上に押し倒す。
桜木さんはずっと目を見開いたままで…
きっとこの状況に、驚くと同時に、戸惑っていてるんだよな…
でもそれは俺だって同じ…
まさか俺が桜木さんを押し倒すなんて、そりゃちょっとは考えもしたけど、“ない”って思ってた。
だって俺は、桜木さんになら抱かれても良いって…、抱かれたいって思ってたから…
だから慣れた筈の行為なのに、キスから先への進み方が分からなくて…
息苦しさだろうか…、桜木さんが眉間に皺を寄せたのを見て、俺は慌てて唇を離した。
「あ、あの…さ、とりあえずシャワー浴びて来ても良い…かな?」
唇が離れた途端に、肩で浅い呼吸をしながら、俺の肩を押して身体を起こした桜木さんが、静かに離れて行く。
そして酔っ払ってるわけでもないのに、覚束無い足取りで隣の部屋へ入ると、そのまま真っ直ぐバスルームへと向かった。
終わった…
先を急ぐつもりなんて、これっぽっちもなかった。
俺自身のことはともかく、桜木さんの気持ちが固まるまでは、待つつもりだった。
はあ…、何やってんだろ、俺…
桜木さんは、(勿論それが全てじゃないけど…)現実を目の当たりにしても、俺のことを好きだと、俺とそういう関係にもなりたいって、そう言ってくれたのに…
俺のこと、嫌いになったかな…
きっと怖がらせちゃったよな…
俺は背中を丸めて、ソファの上で膝を抱えた。
どれくらいの間そうしていたんだろう…
「シャワー、浴びておいで?」
言われて顔を上げると、腰にバスタオルを巻き付けただけの桜木さんが立っていて…
想像していたよりも、うんと厚い胸板に、俺の心臓がドクンと高鳴った。
「タオルは脱衣所にあるのを適当に使ってくれて良いから…」
俺は小さく頷くと、なるべく桜木さんを見ないようにして、リビングを出た。
だって、今桜木さんの顔を見てしまったら俺…、きっと自己嫌悪で泣きたくなる。
普段よりはちょっとだけ温度高めのシャワーを頭から被り、桜木さんと同じボディーソープで全身を洗うと、なんだか桜木さんの腕に包まれているような、不思議な感覚を感じる。
それでもいくらか頭はスッキリしたみたいで…
軽く水分だけを拭き取り、桜木さんと同じように、腰にバスタオルだけを巻き付けバスルームを出た。
フッと息を吐き出し、リビングへと続くドアを開けると、そこには明かり一つも灯ってなくて…
『桜木…さん…』
不安になって名前を呼ぶけど、俺の声が届くことはない。
俺は握り締めていたスマホの明かりだけを頼りに、リビングと隣室とを隔てるドアを手探りで探し当て、ドアを押し開いた。
『桜木さん…?』
間接照明だけが灯る薄明るい部屋のベッドの上に、こんもりと丸くなった布団…
寝てるの…?
俺はなるべく足音を立てないように、そっとベッドに近付くと、そっと布団を捲った。
すると、まるで俺がそうするのを待っていたかのように、布団から両手が伸びて来て…
『えっ…!?』
腕を掴まれたかと思うと、そのまま布団の中に引き込まれた。
想定外の状況に、引っ張られた拍子に捲れたバスタオルを掻き合せようとするけど、背中から回された手がそれを許さない。
首筋にかかる吐息が…熱いよ…
「さっき君は聞いたよね? “答えは出たか”って…」
『…うん』
「俺の答えはNOだ。まだ自分がどうしたいのか、自分が君とどうなりたいのか…、明確な答えは出てはいない」
『だったらどうしてこんな…?』
「でも、俺が君を好きな気持ちは変わらない。ただ…、さっき君にキスをされた時感じたんだ…」
『何…を…?』
「君が本気で俺を抱きたいと思ってない、って…。君ももしかしたら迷ってるんじゃないか、ってね?」
『なんだ… バレてたんだね…?』
「だから、今はまだこのままでいよう…って言うのは、都合良過ぎかな…?」
『ううん…、それで良いよ…』
別にセックスするだけが全てじゃないし、それにお互い迷いを抱えた中でセックスしたって、何も得られないから…
意味のないセックス程、虚しいモンはないから…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます