唇を重ねたまま、ゆっくり櫻井さんをソファの上に押し倒す。

桜木さんはずっと目を見開いたままで…


きっとこの状況に、驚くと同時に、戸惑っていてるんだよな…

でもそれは俺だって同じ…


まさか俺が桜木さんを押し倒すなんて、そりゃちょっとは考えもしたけど、“ない”って思ってた。


だって俺は、桜木さんになら抱かれても良いって…、抱かれたいって思ってたから…

だから慣れた筈の行為なのに、キスから先への進み方が分からなくて…


息苦しさだろうか…、桜木さんが眉間に皺を寄せたのを見て、俺は慌てて唇を離した。


「あ、あの…さ、とりあえずシャワー浴びて来ても良い…かな?」


唇が離れた途端に、肩で浅い呼吸をしながら、俺の肩を押して身体を起こした桜木さんが、静かに離れて行く。

そして酔っ払ってるわけでもないのに、覚束無い足取りで隣の部屋へ入ると、そのまま真っ直ぐバスルームへと向かった。


終わった…


先を急ぐつもりなんて、これっぽっちもなかった。


俺自身のことはともかく、桜木さんの気持ちが固まるまでは、待つつもりだった。


はあ…、何やってんだろ、俺…


桜木さんは、(勿論それが全てじゃないけど…)現実を目の当たりにしても、俺のことを好きだと、俺とそういう関係にもなりたいって、そう言ってくれたのに…


俺のこと、嫌いになったかな…

きっと怖がらせちゃったよな…


俺は背中を丸めて、ソファの上で膝を抱えた。




どれくらいの間そうしていたんだろう…


「シャワー、浴びておいで?」


言われて顔を上げると、腰にバスタオルを巻き付けただけの桜木さんが立っていて…

想像していたよりも、うんと厚い胸板に、俺の心臓がドクンと高鳴った。


「タオルは脱衣所にあるのを適当に使ってくれて良いから…」


俺は小さく頷くと、なるべく桜木さんを見ないようにして、リビングを出た。

だって、今桜木さんの顔を見てしまったら俺…、きっと自己嫌悪で泣きたくなる。


普段よりはちょっとだけ温度高めのシャワーを頭から被り、桜木さんと同じボディーソープで全身を洗うと、なんだか桜木さんの腕に包まれているような、不思議な感覚を感じる。


それでもいくらか頭はスッキリしたみたいで…


軽く水分だけを拭き取り、桜木さんと同じように、腰にバスタオルだけを巻き付けバスルームを出た。


フッと息を吐き出し、リビングへと続くドアを開けると、そこには明かり一つも灯ってなくて…


『桜木…さん…』


不安になって名前を呼ぶけど、俺の声が届くことはない。


俺は握り締めていたスマホの明かりだけを頼りに、リビングと隣室とを隔てるドアを手探りで探し当て、ドアを押し開いた。


『桜木さん…?』


間接照明だけが灯る薄明るい部屋のベッドの上に、こんもりと丸くなった布団…


寝てるの…?


俺はなるべく足音を立てないように、そっとベッドに近付くと、そっと布団を捲った。

すると、まるで俺がそうするのを待っていたかのように、布団から両手が伸びて来て…


『えっ…!?』


腕を掴まれたかと思うと、そのまま布団の中に引き込まれた。


想定外の状況に、引っ張られた拍子に捲れたバスタオルを掻き合せようとするけど、背中から回された手がそれを許さない。


首筋にかかる吐息が…熱いよ…


「さっき君は聞いたよね? “答えは出たか”って…」

『…うん』

「俺の答えはNOだ。まだ自分がどうしたいのか、自分が君とどうなりたいのか…、明確な答えは出てはいない」

『だったらどうしてこんな…?』

「でも、俺が君を好きな気持ちは変わらない。ただ…、さっき君にキスをされた時感じたんだ…」

『何…を…?』

「君が本気で俺を抱きたいと思ってない、って…。君ももしかしたら迷ってるんじゃないか、ってね?」

『なんだ… バレてたんだね…?』

「だから、今はまだこのままでいよう…って言うのは、都合良過ぎかな…?」

『ううん…、それで良いよ…』


別にセックスするだけが全てじゃないし、それにお互い迷いを抱えた中でセックスしたって、何も得られないから…


意味のないセックス程、虚しいモンはないから…

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