思ってたよりも、うんと大きなマンション…


俺や和人みたいに、バイトで生計を立ててる人間には、どう頑張っても手の届かないような、立派な建物を前に、俺は桜木さんを尊敬の眼差しで見上げた。


高い所が苦手だと言う桜木さんは、二階部分に部屋を借りているらしく…


にも関わらず、エレベーターを使うから笑える。


「本当に散らかってるから、驚かないでね?」


こうして念押しされるのは、何度目だろうか…


玄関のオートロックを操作する桜木さんは、やっぱり苦笑いだ。


「どうぞ、入って?」


言われて、開いたドアの隙間から中を覗き込む。

玄関から真っ直ぐに伸びた廊下は、特に散らかった様子もなく、綺麗な状態になっている。


強いて言うなら、下駄箱に入り切らなかった靴達が、玄関に所狭しと並んでいるくらいで…


なんだ、普通じゃん(笑)


俺は桜木さんが用意してくれたスリッパを履いた。


でもそこで安心してちゃいけなかった…


リビングと廊下を隔てるドアが開かれた瞬間、俺の口は顎が外れるんじゃないかってくらいに開いて…


「驚いた…よね…?」


聞かれても、頷くことすら出来ずに、桜木さんとリビングとを交互に見た。


別に汚れてるとか、ゴミが散らかってるとか、そんなわけじゃない。

ただ物が散乱してるだけのことなんだけど、一見几帳面そうに見える桜木さんだけに、意外…って言うか衝撃って言うか…


「と、とりあえず座って?」


見事に固まったままの俺をよそに、ソファの上に脱ぎ散らかした服を抱え、あっちへこっちへと歩き回る桜木さん。


その姿は、もし俺が桜木さんに対して過大な理想を持っていたとしたら、それこそ幻滅するレベルのかっこ悪さで…


でもどうしてだろ…、そんな桜木さんが愛おしく思えてしまうのは…


俺はカウンターにコンビニの袋を置くと、床に散らばった本やら書類やらを一纏めにして、部屋の隅に積んだ。


「ごめんね、せっかく来てくれたのに…」


申し訳なさそうに頭を掻く桜木さんに、俺は首を横に振って答える。


だって俺、こう見えてけっこう掃除とか嫌いじゃないし。

寧ろ、好きかも(笑)






これで良いかな…


さっきより目に見える床面積に満足して、汗を拭った俺の首筋に、ヒンヤリと冷たい物が当てられる。


「お疲れ様。弁当、温め直したから食お?」


いつの間に用意してくれたのか、ローテーブルの上に弁当のパックが並べられている。


つか、冷てぇ…


俺は肩を竦ませながら、桜木さんと並んでソファに座った。


二人で同時に手を合わせ、同時に箸で弁当を突っつく。


「うんめっ!」


食べてる時の桜木さんは、本当に幸せそうな顔をするから、俺もつい釣られてしまう。


「あ、テレビつけてくれる?」


あっという間に空になったビールの缶を手に、キッチンに入った桜木さんが言う。


「ほら、一応営業職だから、ニュースくらいは見とかないとさ…」


そう言ってリビングを出て行く桜木さんの背中を見ながら、やっぱり真面目な人なんだな、と改めて思う。


俺なんてテレビは滅多に見ないから、テレビ自体はあるけど、殆ど付けたことがないのに。


俺はテーブルの隅に置いてあったリモコンを手に取ると、「電源」と書いてあったボタンを一つ押した。


テレビがパチンと付き、映像が流れ始め、続けて聞こえて来た、明らかに行為を思わせる声。


しかも男…の?


これって…

もしかしなくても、そう…だよ…な?


俺は咄嗟にテレビの電源ボタンを押した。


心臓がバクバクと鳴って、顔が熱くなるのが分かる。


初めてってわけじゃない。

和人と一緒に何度か見たことはある。


でもまさか桜木さんがこんなのを見てるなんて…


俺と付き合いだしたから?

だからわざわざこんなモンで…?


確かに、桜木さんは元々ノンケだし、男女のセックスしか経験して来なかった人にしてみれば、男同士のセックスは未知の世界なのかもしれない。

でも、男同士のセックスしか経験のない俺にしてみれば、男女のセックスの方がよっぽど未知の世界で…


だから桜木さんが、もし俺と今より先の関係に進もうと考えてくれてるなら、それはそれで嬉しいことではあるんだけど…

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