2
思ってたよりも、うんと大きなマンション…
俺や和人みたいに、バイトで生計を立ててる人間には、どう頑張っても手の届かないような、立派な建物を前に、俺は桜木さんを尊敬の眼差しで見上げた。
高い所が苦手だと言う桜木さんは、二階部分に部屋を借りているらしく…
にも関わらず、エレベーターを使うから笑える。
「本当に散らかってるから、驚かないでね?」
こうして念押しされるのは、何度目だろうか…
玄関のオートロックを操作する桜木さんは、やっぱり苦笑いだ。
「どうぞ、入って?」
言われて、開いたドアの隙間から中を覗き込む。
玄関から真っ直ぐに伸びた廊下は、特に散らかった様子もなく、綺麗な状態になっている。
強いて言うなら、下駄箱に入り切らなかった靴達が、玄関に所狭しと並んでいるくらいで…
なんだ、普通じゃん(笑)
俺は桜木さんが用意してくれたスリッパを履いた。
でもそこで安心してちゃいけなかった…
リビングと廊下を隔てるドアが開かれた瞬間、俺の口は顎が外れるんじゃないかってくらいに開いて…
「驚いた…よね…?」
聞かれても、頷くことすら出来ずに、桜木さんとリビングとを交互に見た。
別に汚れてるとか、ゴミが散らかってるとか、そんなわけじゃない。
ただ物が散乱してるだけのことなんだけど、一見几帳面そうに見える桜木さんだけに、意外…って言うか衝撃って言うか…
「と、とりあえず座って?」
見事に固まったままの俺をよそに、ソファの上に脱ぎ散らかした服を抱え、あっちへこっちへと歩き回る桜木さん。
その姿は、もし俺が桜木さんに対して過大な理想を持っていたとしたら、それこそ幻滅するレベルのかっこ悪さで…
でもどうしてだろ…、そんな桜木さんが愛おしく思えてしまうのは…
俺はカウンターにコンビニの袋を置くと、床に散らばった本やら書類やらを一纏めにして、部屋の隅に積んだ。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに…」
申し訳なさそうに頭を掻く桜木さんに、俺は首を横に振って答える。
だって俺、こう見えてけっこう掃除とか嫌いじゃないし。
寧ろ、好きかも(笑)
これで良いかな…
さっきより目に見える床面積に満足して、汗を拭った俺の首筋に、ヒンヤリと冷たい物が当てられる。
「お疲れ様。弁当、温め直したから食お?」
いつの間に用意してくれたのか、ローテーブルの上に弁当のパックが並べられている。
つか、冷てぇ…
俺は肩を竦ませながら、桜木さんと並んでソファに座った。
二人で同時に手を合わせ、同時に箸で弁当を突っつく。
「うんめっ!」
食べてる時の桜木さんは、本当に幸せそうな顔をするから、俺もつい釣られてしまう。
「あ、テレビつけてくれる?」
あっという間に空になったビールの缶を手に、キッチンに入った桜木さんが言う。
「ほら、一応営業職だから、ニュースくらいは見とかないとさ…」
そう言ってリビングを出て行く桜木さんの背中を見ながら、やっぱり真面目な人なんだな、と改めて思う。
俺なんてテレビは滅多に見ないから、テレビ自体はあるけど、殆ど付けたことがないのに。
俺はテーブルの隅に置いてあったリモコンを手に取ると、「電源」と書いてあったボタンを一つ押した。
テレビがパチンと付き、映像が流れ始め、続けて聞こえて来た、明らかに行為を思わせる声。
しかも男…の?
これって…
もしかしなくても、そう…だよ…な?
俺は咄嗟にテレビの電源ボタンを押した。
心臓がバクバクと鳴って、顔が熱くなるのが分かる。
初めてってわけじゃない。
和人と一緒に何度か見たことはある。
でもまさか桜木さんがこんなのを見てるなんて…
俺と付き合いだしたから?
だからわざわざこんなモンで…?
確かに、桜木さんは元々ノンケだし、男女のセックスしか経験して来なかった人にしてみれば、男同士のセックスは未知の世界なのかもしれない。
でも、男同士のセックスしか経験のない俺にしてみれば、男女のセックスの方がよっぽど未知の世界で…
だから桜木さんが、もし俺と今より先の関係に進もうと考えてくれてるなら、それはそれで嬉しいことではあるんだけど…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます