ジュースの飲み過ぎたせいか、タプンとした腹を抱えて契約を済ませると、辺りはすっかり夕焼け色に染まっていて…


「これじゃ直帰の意味ねぇな…」


ポツリ呟いた俺に、


「せっかく早く帰れると思ったのに、残念だったね? 」


松下が意地悪く笑うから、先方の担当者に恨み言の一つでも言ってやりたい気分になったが、止めておいた。


松下に愚痴ったところで、待ちぼうけを食らった分の時間が戻って来るわけじゃないから。


「あ、俺、ちょっと電話しても良いか?」


「いいけど…、あ、ひょっとして?」


運が良いのか悪いのか…、信号が赤に変わった途端に、まつのニヤケ顔が俺に向けられた。


…ったく、勘良すぎだろ(笑)


「でも智樹なら電話よりもメールの方が良いんじゃ?」

「うん、まあ…、そうなんだけどさ…」


俺も実際、最初はそう思った。

今の大田君に電話をかけたところで、俺が一方的に喋るだけで、彼の声が聞こえるわけでもない。


だから当初はメールだけで連絡を取り合っていたし、それだけでも十分だった筈なんだけど…


でもある時思ったんだ…、文字だけのやり取りでは、彼の息遣いまでは伝わってこないんだな、って…

例え声が聞こえなくても、指で電話をトンと叩く音だけで、彼の息遣いが聞こえるだけで、彼がそこに存在してるって感じられることが、こんなにも幸せなことなんだ、って…


勿論、大田君自身は抵抗があったみたいだし、大田君からの連絡はメールで来ることが殆どだから、当然俺もメールで返すことの方が多くなりがちなんだけど…


「あ、もしもし大田君?」


数コールの後、トン…とスマホの画面を叩く音がして、彼が電話に出たことが分かる。


「思ったより仕事が長引いてしまってね…。だから申し訳ないんだけど、駅前のカフェで待ち合わせ出来ないかな?」


本当は、ちゃんと着替えも済ませて、彼のアパートまで迎えに行こうと思っていたんだけど、それだとどうも時間的余裕が持てなくなりそうで…


「30分もすれば着くと思うから、待っていてくれないかな?」


俺の問いかけに、トン…とスマホを叩いて答える大田君。


一回ならOK、二回ならNO。


大田君の返事は、勿論OKだ(笑)


松下の運転する社用車でカフェの駐車場に乗り付けた俺は、挨拶もそこそこに車を飛び降りた。


カランとベルの鳴るドアを押し開き、店内に駆け込むなり、視線を巡らせ大田君を探す。

時間帯もあってか、店内には若い女性やカップルの姿が目立つ。


その中で、採光をたっぷりと取り入れることの出来る窓辺の席に座り、フルーツとクリームで飾られたパフェを前に、なんとも複雑な顔をしている彼…


俺は静かに彼の座る席に近付くと、


「どうしたの? ここ、皺寄ってるよ?」


彼の眉間を指でスっと撫でた。


すると彼は、俺を見ることなくメニュー表を手に取ると、ブラウニーとビスケットで飾られたチョコレートパフェを指で差した。


「チョコレートパフェがどうしたの?」


俺が聞くと、途端に唇を尖らせ、元々ふっくらとした頬を風船のように膨らませた。


「あ、もしかして、本当はこっちが食べたかった…とか?」


『うんうん!』と、何度も頷く大田君。


そっか…、オーダーを間違えられても、彼はそれを訴えることが出来なかったんだ…


「分かったよ、俺がチョコレートパフェ頼むから、交換しよ?」


正直、甘い物は嫌いではないが、好んで食べる程好きでもない。

しかもパフェなんて…、何年ぶりだよ(笑)


俺は店員を呼び寄せると、チョコレートパフェを注文した。

暫くすると、俺の前に如何にも女子の喜びそうな、チョコレートソースがたっぷりとかかったパフェが運ばれて来た。


「はい、どうぞ?」


パフェを大田君の前に置き、ロングスプーンを差し出すと、それを手に頬を綻ばせる大田君。


嬉しいことがあると、人ってこんな顔をするんだ、って改めて思えるような、幸せそうな顔だ。


口には出さないけど、大田君の幸せそうな顔を見ているだけで、俺まで幸せな気分になる。


見とれていたんだろうな…、突然俺の前に差し出されたスプーンにハッと我に返った。


「あ、ありがとう」


俺は受け取ったスプーンでクリームを掬った。


「甘っ…」


想像以上の甘さに、俺は慌ててトッピングされていた林檎を口に放り込んだ。

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