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それだけは出来ない…
そう繰り返す俺に、大田君は尚も強引に俺の腕を引き寄せようとする。
口は忙しなく動いているけど、俺には大野君が何を言いたいのかさっぱり読み取れなくて…
もしかして俺は揶揄われているんだろうか…
若しくは、今まで女性にしか興味の持てなかった俺が、本当に男と恋愛する気があるのか、試されているんだろうか…
だとしたら、どちらにしたって最低だ…
俺は乱暴に大田君の手を振り払うと、彼が呆然とするのも気にすることなく、足早にその場を立ち去った。
そうだ…、大体が恋人がいる身で他の相手と、なんて…おかしいじゃないか。
揶揄われてるとも知らないで、俺も相当な馬鹿だな…
腹立ち紛れに大股で曲がり角行き、そこでふと足を止め、ポツリと額に落ちた雫に、空を見上げた。
「雨…?」
ついさっきまであんなに星が瞬いていた空が、今は星一つ見えないくらいに、厚い雲で覆われている。
しまったな…、こんな時に限って折り畳み傘は通勤用の鞄に入ったままだ。
買うにしたって、一番近いコンビニは駅前にあったあの一軒だけだし…、その間に雨足は強くなるだろうし…
だからと言って、あんな風に別れてしまった大田君に、傘を貸してくれなんて、そんな都合の良いことは言えないし…
それにもう彼は…
「参ったな…」
ポツリ呟いた俺は、アパートの方を振り返った。
いないだろう、って…
いる筈ないだろう、って…、そう思っていた。
でも振り返った視線の先で、両手を首に巻き付け、苦悶の表情を浮かべる大田君が、雨に濡れるのも厭わず立っていて…
「どう…して…? 」
つか、何やってんだよっ!
俺は色を変え始めたアスファルトの上を、全速力で駆け始めた。
「ちょ…、何してんの!?」
雨粒なのか、それとも涙なのか…、頬を濡らす大田君を抱きとめ、首に巻き付いた手を強引に引き剥がした。
途端に激しく咳き込む大田君を抱き抱えて、何とか雨のかからない場所まで移動する。
急に降り出した雨は激しさを増し、俺達のシャツは瞬く間にびしょ濡れになっていて、このままでは風邪を引いてしまう。
「とりあえず中に入ろう?」
中に恋人がいようがいまいが関係ない…、このまま大田君を放っておけない。
激しく咳き込んだせいか、俺の腕の中で肩を上下させながらぐったりするおおた君を覗き込んだ。
「部屋、どこ?」
問いかけに、大田君の指が二階の角部屋を指差す。
どうやら明かりはついていないようだ。
「傘、借りるね?」
アパートの住民専用の駐輪場から、階段まではほんの数メートル。
距離にすれば大したことはないが、この雨だし…、これ以上濡れてしまったら本当に風邪を引いてしまう。
俺は大田君の手に握られていた傘を開くと、大田君の腰に腕を回した。
ピッタリと身体を密着させながら階段を登り、大田君が指差した部屋の前まで進むと、何故だか急に緊張が走った。
もし大田君の恋人が顔を出し、“お前は誰だ”と問われたら、俺は何て答えたら良いんだろう…
馬鹿正直に“大田君に片思いしてます”って言うのは、あまりにも滑稽で間抜けだし…、“友人”と呼べる程親密な関係でもない。
ここはやっぱり“知人”と答えるべき…なんだろうな。
事実そうだし…
そんなどうでもいいこと(俺にとってはどうでも良くないことだけど…)を一人考えあぐねていると、大田君がポケットから取り出した鍵の束をドアノブに差し込んだ。
ゆっくりドアが開かれ、暗かった部屋に明かりが灯る。
男所帯の割には綺麗に整頓された小さなキッチンと、その奥に見える六畳程だろうか和室…
見渡す限り人の気配はない。
「出かけてるの…かな?」
それとも、時間も時間だし、もう寝てるのか…
どちらにせよ無事に部屋まで送り届けたことだし、俺の役目は終わりだ。
「じゃあ、俺帰るから。身体、冷やさないようにね? 風邪を引くといけないから…」
先に部屋に入った大田君に玄関先から声をかけ、後ろ髪を引かれる思いでドアを閉めようとしたその時、
「えっ、うわっ!」
物凄い力で腕を引っ張られ…、勢い余った俺は、見事なまでの尻もちをついた。
つか、大田君…可愛らしい見た目に反して力強くね?
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