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まさか、こんなことって…
一瞬時が止まった。
見間違いだろうか…
それとも、彼のことを考え過ぎたが故に見せた幻なのか…
そうでなかったら、神様も意地悪が過ぎる!
俺はスマホをポケットに捩じ込み、ネクタイを無造作に緩めると、コンビニへと駆け出した。
つい数分前に諦めることを決意したばかりなのに…
自動ドアが開くのももどかしく、両手で押し開き、陽気なチャイム音に促されるまま店内へと駆け込んだ。
カッターシャツが汗でしっとりと濡れているせいか、ヒンヤリと冷たい空気に寒さを感じた。
そう広くはない店内を、早足で陳列棚と陳列棚の間を練り歩き、ほんの一瞬見かけただけの人影を探す。
どこだ…、どこにいる…
逸る気持ちが抑えきれないまま、闇雲に視線を巡らせていた俺は、目の前から来る人影にも気が付かず…
「いて…」
ドン、とした衝撃を左肩に感じた時になって漸く、俺は自分が人にぶつかったことに気が付いた。
「す、すいません…」
すぐ様脇見をしていたことを詫び、振り返った俺は、同じように振り返った相手の顔を見て、思わず息を飲んだ。
「…君は…」
あの時の…
言うが早いか、俺の手は彼の腕を掴んでいた。
やっと会えた…
見間違いなんかじゃない、ましてや夢や幻なんかでもない…、現実の彼が今俺の目の前にいる。
そう思った瞬間、俺の胸の奥に巣食っていた謎の感情が、たった一つの答えへと向かって加速を始めた。
「ずっと探していたんだ」
彼の戸惑いなんて全く無視して、俺は自分の感情を彼にぶつけていた。
「君に会いたかった…」
勢いで抱きしめてしまいそうになる感情になんとか折り合いを付け、彼が手に何も持ってないことを良いことに、俺は彼をそのまま店の外へと連れ出した。
夕方を過ぎ、人気も疎らな海岸沿いのベンチに並んで座る。
つい数時間前までガンガンに照り付けていた陽射しが落ちたせいか、海面を撫でながら吹き上げて来る風が心地よい。
不意に彼の手が俺の手に触れた。
「あ、ご、ごめん…」
俺は咄嗟に、握っていた彼の手を離した。
ずっと握りしめていたことにも気付かないなんて、本気でどうかしてる。
思いもかけない自分の大胆さに俺は苦笑し、そして訪れた沈黙の時間…
話したいことは沢山あった、聞きたいことだって…
何せ名前と恋人がいるってことくらいしか、俺は彼のことを知らないんだから…
なのにいざとなると何から話して良いものか、さっぱり分からなくなる。
これでも営業部ではそこそこの成績を納めてる筈なんだけど…、情けないな俺…
俺はスッと息を吸い込むと、沈む夕陽を真っ直ぐに見つめる彼の顔を覗き込んだ。
「大田…君、だったかな?」
夕陽に照らされ、茜色に染まった顔がハッとしたように俺を振り返り、小さく頷いた。
「急にごめんね、こんなトコ連れてきちゃって…」
自分の強引さを詫びる俺に、彼は首を横に振って答える。
「あ、でもさっき言ったのは嘘じゃないから…、その君のこと探してたって言うか…、もう一度君の歌が聞きたくて…」
そう言った瞬間、彼の顔が酷く曇っていたのを、俺は全く気付くことなく、
「君に会いたかった…」
俯いてしまった彼の手を握った。
でも彼は俺の手をそっと振り解くと、ポケットからスマホを取り出し、小刻みに震える指で何かを打ち始めた。
そして全てを打ち終えた彼は、スマホの画面を俺に向けた。
「え、何…?」
首を傾げる俺に、彼は唇だけを動かして「見て」と言う。
彼がどうしてそういう態度を取ったのか…、その理由は、彼が俺に向けたスマホの画面にあった。
彼は…声を失っていたんだ。
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