彼女との結婚を真剣に考えてたのは事実。


だから、


「いや、彼女と結婚したい、って思ったのは本気だった」


と、胸を張ってキッパリ言える。

そうじゃなかったら、給料の倍以上はする指輪なんて、買おうとも思わなかったし。


でも今の俺のこの状態を考えると…そこまで本気じゃなかったのかとさえ思えてくる。


「なんか…意味分かんないんだけど…」


本人にさえ分かってないんだら、他人の松下がそう言うのも無理はない。


でも本当に一瞬だったんた。


「なんつーのかな…、全部帳消しになったんだよな…、あの子に会った瞬間に…」


厳密には、彼の“声”を聞いた瞬間、だけど…

あの瞬間、それまで俺を包み込んでいた、超マイナスオーラが一変したんだ。


「え、ちょ、ちょっと待って…。今なんつった? 俺の聞き違いじゃなきゃ、“あの子”って言った?」


松下が、テーブルに並んだ空の食器をひっくり返す勢いで、身を乗り出す。

そうなると当然、声も大きくなるわけで…


「だ、だから声でかいんだって…」


俺は周りを気にしながら、伝票を手に取った。


「ここじゃなんだから、外で話そう…」


部署は違うが、同じ会社の社員証を首からぶら下げた奴等がいる場所では、流石に気まずさを感じずにはいられない。


二人分の会計を済ませた俺は、先に店の外へと出ると、目の前にあった自販機で二人分の缶コーヒーを買った。


「ねぇ、ちょっとどういうこと?」


暖簾を潜るなり、まるで噛み付く勢いの松下の腕を引き、人気のない公園のベンチへと移動した。

陽の当たる場所では汗ばむような暑さを感じるが、日陰に入ってしまえば、暑さもそれ程ではない。


俺は黙って松下に缶コーヒーを差し出すと、自分の分のプルタブを引き、冷たいコーヒーを喉に流し込んだ。


「で、どういうことなの?」


「とりあえず飲めよ。温くなるぞ?」


受け取った缶コーヒーを握りしめたまま、何度も首を傾げる松下にそう促すと、俺は一瞬天を仰いでから、息を吐き出した。


「実はさ…」




俺はあの日あったことを、洗いざらい松下に話して聞かせた。


一世一代の覚悟を決めてプロポーズをした結果、意味も分からないまま振られたことは、既に報告済みだったから、その後のことから…だけど。


松下は俺の話を、ずっと黙ったまま、時折小さく頷きながら最後まで聞いてくれた。


そして、俺が全てを話終えると、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、


「そっか…」


と、小さく呟いた。


別に、明確な答えを期待していた訳じゃない。

でも何か言って欲しくて、


「俺、おかしい…よな…?」


空になった缶をゴミ箱に捨てようと、腰を上げた松下の背中に問いかけた。


「うーん…、確かにおかしくはあるよね…」


やっぱりか…


自分でも分かっていたこととはいえ、面と向かって言われると、落ち込むもので…

俺はがっくりと肩を落とすと、今度は地面に向かってため息を落とした。


「でもさ、一目惚れだったんでしょ? なら仕方ない…で済ませちゃ、本当はいけないんだろうけど…」


「ちょっと待て…。俺が一目惚れしたなんて、いつ言った?」


「え、違うの? 俺はてっきりそうだと…。だって、八年も付き合った彼女のことすら忘れちゃうくらいだからさ…」


言われてみれば確かにそうかもしんないけど、でも相手は…


「で、とんな子だったの? 翔真さんが一目惚れするくらいだから、けっこうな美人さんなんだよね?」


だから、一目惚れじゃねぇっつーの!


って言ったところで、思い込みの激しい松下のことだから、それをひっくり返すってことは、まずありえない。


それに、当たらずとも遠からず…だし。


「可愛い…かったよ? 多分お前も一目見たら気に入るタイプ…だと思う」


「俺? 俺はだって…」


知ってるでしょ、とばかりに目を細める松下。


ああ知ってるよ、松下が実は生粋のゲイで、なんなら週末ドラッグクイーンやってることだって、男の恋人がいることだって、俺は知ってる。


「だからお前に相談してんだろ?」


女ならともかく、こんなにも男の顔がチラついて離れない、ってことの意味が分かんねぇから…。

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