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「歩いて帰って来た…、ってのは嘘で…。送って貰ったんだ、タクシーで…」
「は?」
和人の顔が一瞬にして険しくなった。
「送って貰った…って、どこの誰に?」
「えっと、だからその…、初対面…の人に…。あ、でもすっごい良い人でさ、真面目そうだったし…」
それは嘘じゃない。
だってあの人…、雨なんてもう降ってないのに、俺に傘をさしかけてくれたから…
「名前は? 連絡先は? 聞いたんでしょ?」
心なしか、和人の口調が早くなる。
こういう時の和人は、大抵良からぬ想像ばっかしてるんだ。
例えば…俺の浮気とか?
ま、俺に浮気の前科があるから、和人が疑うのは仕方ないことなんだけどね…
でも違うから…
「何も聞いてないから…。たまたま方向同じだって言うから、一緒にタクシー乗っけて貰っただけだし…」
「本当に? 送って貰っただけ?」
「本当だよ」
和人が気にするような、やましいことは、何一つない。
曇った表情のまま、俺に背を向けてしまった和人に、どうしたら信じて貰えるのか…
俺は少ない脳みそをフル回転させた。
で、出した答えは…
「不安にさせてごめん…。でも俺…、お前だけだから…」
俺はすっかりいじけてしまった和人の、小さく上下する肩を背中からそっと抱きしめた。
「信じてくれよ…。な?」
「ほんと…に…? 嘘じゃない?」
丁度胸の辺りで結んだ俺の手に、和人の丸っこい手が重なる。
さっきまであんなに強気だったのに、今の和人は全身で俺に向かって不安を訴えてるようにも感じる。
ま、それも仕方のないことなのかもしれない。
和人がこんなに不安になるのには、俺の過去のあやまちと、それともう一つ…、和人自身が過去に受けた深い深い心の傷のせいだ。
永遠に癒えることのない傷は、俺がどんな言葉で取り繕ったところで、和人の心に闇を落とす。
それが分かっていながらも俺は、
「うん、嘘じゃない。俺は和人のことしか好きじゃないし、これからだって和人以外の人を好きになったりしないから…」
和人の心に訴えかけるんだ。
決して偽りではない…、けど、確約も保証もない、誓いの言葉を…
そしたらニノが安心することを、俺は知ってる。
「絶対だよ? 約束だよ?」
ほらね?
「うん、約束する。だからもうそんな顔すんな…、な?」
「もうしない…。しないから…だから、キス…して?」
肩越しに目を閉じて俺を振り返る和人。
俺はその細い顎に指をかけ、薄く開かれた唇に自分のそれを重ねた。
その時、不意にあの人…たった一度だけ会った、あの人の顔が脳裏を掠めた。
そう言えば、別れ際に何か言ってたけど…、何て言ってたんだろう…
寝ぼけてたせいか、全然覚えてないや…
俺は和人をベッドに押し倒しながら、もう二度と会うことはないであろう、あの人の顔を瞼の裏に思い浮かべていた。
「何…考えてんの…?」
行為の後の、何とも言えない気怠さの中、和人が今にも閉じてしまいそうな瞼を擦った。
「ん…、別に…」
「そ? それよりさ、今日会った人ってどんな人?」
和人が他人のことを気にするのは珍しいことで…
「えっ…、別に普通の人だけど…なんで?」
俺はどうしてだか答えに迷ってしまう。
別に悪いことをしたわけじゃないし、あの人ともう一度会える…なんて保証もない。
ただ、一瞬でこの瞼の裏に焼き付いてしまったあの人の笑顔と、あんまり覚えちゃいないけど、触れた肩の安心感が、俺に答えを躊躇わせた。
「ちょっと気になってさ…。だって今日の智樹、いつもと違うから…」
「俺…が…?」
「うん…、何が…とはハッキリ言えないんだけど…、凄く楽しそうって言うか…」
「そう…かな…、気のせいだろ? 俺、別にいつもと変わんないし…?」
自分では何一つ変わったつもりはない。
でも、一緒に過ごして来た時間の長さと、元々の勘の鋭さは、ちょっとした表情や、感情の起伏でさえも見逃さないんだろうな…
「ふーん…、ならいいんだけど…」
俺の答えに納得がいってないのか、和人が傍らに丸まっていたタオルケットを頭からすっぽり被ってしまう。
こうなってしまうと、俺が何を言ったところで無駄で…
俺はそんな和人を、タオルケットごと腕の中に包み込んだ。
だってそうすることしか、俺には出来ないから…
この、時間を追うごとに大きくなって行く感情の正体は、俺自身でさえも謎で…
そして、その感情の向いてる方向は、今俺の腕の中にいる和人ではなくて、明らかに「あの人」に向かっている…ってことだけは、ハッキリとしている。
はあ…、俺、一体どうしちゃったんだろ…
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