第2章 calando

点滅する蛍光管の灯りを頼りに、なるべく足音を立てないようにして階段を登って行く。

アルミ製の階段だから、夜中とか?…けっこう足音響くんだよね…


これでも気ぃ使ってんだよ、俺も(笑)


階段を登りきり、部屋の前に立った俺は、鍵を取り出そうとポケットに手を突っ込むけど…


あ…れ…?


右のポケット、左のポケット、ケツのポケット…、どこを探っても、指に鍵が触れることはない。


おかしいな…、確かにちゃんと持って出たつもりなんだけど…

ひょっとして俺、落とした…とか?

嘘だろ、マジか…、どうするよ…


チャイムを鳴らせば、多分アイツ…和人がドアを開けてくれる。

勿論、和人が起きてれば、の話だけど…


でも…なんだよな…、こんな時間(今が何時か分かんないけど…)だし、鍵は失くすし…、和人のことだから絶対怒るに決まってんじゃん?


はあ…、参ったな…


頭を抱え、玄関ドアの前にしゃがみ込んだ、その時…


「さっきから一人で何ブツブツやってんの…、早く入んなよ…」


僅かに開いたドアの隙間から、特に怒ってるでもなく、ただただ冷ややかな声が、俺の頭上に降り注いた。


「あ…、入っても…良いの…?」


自分の部屋なのに、一々お伺いを立てるのもおかしな話だけど、しょうがないよ…な…?


「当たり前でしょ? そんなトコでウロウロされる方が迷惑だし…」


ハ、ハハハ…、それもそっか…(笑)


何はともあれ無事(?)に部屋に入れた俺は、ホットした勢いのまま、冷蔵庫のドアを開けた。

プルタブを引き抜き、冷えたビールを一気に煽ると、カラッカラに乾いた喉にキンと染み渡って…


「ぷは〜、生き返った…」


俺はビールで潤った口元を、腕で乱暴に拭った。

…と、同時に感じる、冷た〜い視線に、一度は戻った血の気が、サーッと音を立てて引いていくのが、自分でも分かった。


「もしかして…だけど、怒ってる…よな…?」


わざわざ聞かなくても、和人とは短い付き合いでもないし、和人が考えてることは顔見りゃ大体のことは分かるけど、無言の圧力程恐ろしいモノはない。


俺は空になったビールの缶をそっとシンクに置くと、静かーにキッチンの床に正座をした。


「で…どこから話せばいい?」


とりあえず言い訳だけはさせて欲しい。


「そうだな…、まずはこんな時間まで、どこほっつき歩いてたか聞かせて貰おうか…」


良かった…、一応話しだけは聞いてくれるみたいだ…


「それは…あれだ…、どうしても欲しいモンがあって、駅前のショッピングモールに寄ったんだけど、人の多さに酔っ払って…。それで、外でボーッとしてたら雨が降って来て…」


そう…、元々人混みが苦手な俺は、買い物客の賑わいに息苦しさを感じて、それでその場から逃れるように外へ飛び出したんだ。

そしたら雨が降って来て…


「ふーん…。で、何でバイトサボってそんなトコ行ったの?」


「べ、別にサボるつもりは…。電話だってしようと思ったけどさ、スマホ持って出るの忘れて、それでつい…」


嘘じゃない…、大体今のバイト先だって和人の顔があって働かせて貰ってるわけで、そう簡単にサボれる筈もないし、サボるつもりだってない。


「それでついでに鍵も忘れて? って言うかさ、お前財布も持ってってないよね? そんなんで良くショッピングモール行こうと思ったよね…?」


あ…、そうだった…


とことん呆れ口調で図星を差された俺は、もうひたすら項垂れるしかなくって…


「ごめん…」


自分の間抜けさに、今更ながら情けなくなってくる。


「ほんと…、マジごめん…」


和人が怒んのも無理ないか…


「ごめん」以外の言葉が、どこをどう探しても見つからなくて…


はあ…、と深いため息をついた俺の髪を、和人の丸っこい手がクシャリと掻き混ぜる。


「和…人…」


見上げた視線の先で、和人が諦めにも似たような…いや、やっぱり呆れてんのか…?、クスリと笑った。


「もういいよ…。で、ここまではどうやって? バス、終わってる時間でしょ?」


「それは…」


ショッピングモールからアパートまでは、歩こうと思えば歩けない距離じゃない。

もけっこうな時間がかかるわけで…


かと言って、初対面の人にタクシーで送って貰った…なんて言ったら、和人の事だから、また怒るに決まってる。

でも下手な言い訳で誤魔化したところで、勘の鋭い和人のことだから簡単に“嘘”だって見抜くだろう。


大体、俺…、嘘つくの超下手だし…


どちらにせよ、せっかく冷めた怒りを再燃させるのは避けたい。

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