8話『借りと貸し』
狩りが出来るようになったのと、女神におぶさる事が出来る様になったことで食料採取の時間が驚くほど短くなった。仮にも女神と名がついている方をこんな使い方していいのか、正直恐る恐ると言った感じであったが、当の女神は気にした様子もなく機嫌良さそうにフヨフヨ飛んでくれているので良しとした。怒られたらやめよう。人目がある場所では怪しまれるので領に入るときはもちろん徒歩だ。側から見ればヘンテコな格好をして空中をプカプカ浮いているのだ。異様にも程があり怪しまれること請け合いだ。そんな悪目立ちはしたくない。
お昼をちょっと過ぎた辺りで食料採取と狩りを終えることができ、いつもとは違う時間帯に孤児院に到着した。それが功を奏したのか、シルファさんが2人の男性に紙切れをチラつかせながら明らかに脅されている。今すぐ駆け出したい気持ちをグッと抑え、領内を警邏している領兵を呼び、一緒に悶着が起きている場所に足速に突入した。
「あなた達は何者ですか?何をやっているんですか?正当な理由がないのならこの領兵さんのお世話になると思いますが」と矢継ぎ早に伝えると、その2人は面食らった様子で慌てるも、すぐに立て直し「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。こちはただ借金の取り立てに来ているだけですってば」「この書類にも書かれた通り8000万ディネロ。期限も過ぎているからそろそろ奴隷になってもらおうって話をしているだけですって領兵さん。ね?問題はないでしょ?」というと領兵も頷く。この世界ではそれが常識なのか?と驚くが自分が受けた仕打ちを考えるとなるほどと頷ける。
「だからぁどこのどなたか知りませんがぁ?領兵さんを煩わせるような出来事じゃぁないんだよ。なぁ?引っ込んでろよあんたは!」と肩を強めに押される。思わず尻餅をつく貝沼に嘲笑を浮かべる2人と、面倒くさそうにしている領兵。腹が立ったので「分かりました。分かりましたよ。払います。全額今すぐ即金でその借金返しますよ。これで奴隷云々になる必要もなくなりますよね?ね?」と捲し立てると、気圧された様子ではあるものの「そ、それならば奴隷落ちする必要は……ないな、うん」と答える。そんな事できる訳がないと言った様子の2人に「さっさと返済のスキルを使ってもらえます?」と淡々と伝える。シルファさんはただただオロオロしていた。しょうがないなと言った様子で2人のうち書類を持っている方が「《
「なんで! なんであなたはそこまでしてくださるのですか!!」
つんざく声が響き、残るのは耳が痛くなるほどの沈黙。貝沼は少し黙ったのちに「続きは中でしましょうか」と孤児院の事務所に向かう。2人の間には沈黙だけが漂う。これまでこんなことはなかったなぁと貝沼は他人事のように思う。怒っているような疑っているような心配しているような、そんな悲壮感のあるシルファさん。見ていられなかったが、それでも向き合わないといけないと感じた。
「まずは、勝手に事を進めてしまってすみません」そう言いゆっくり頭を下げる。頭をあげる時にはシルファさんは涙目になっていた。
「この仕事もそうです。おかしいです。あなたには損しかないじゃないですか! その上とんでもない額の借金まで立て替えてもらって……どういうつもりなのですかサンシローさん」不信と不気味さを漂わせ言い寄るシルファさん。それはごもっともだと思う。今まで受け入れてもらえていたこと自体が不自然で、いつ崩れてしまうか分からない砂の城のような関係だったのだ。だから説明しようと決意した。この世界にきてからの事を。
「今まで有耶無耶にしていたことを全部お話しします。嘘は言いませんが信じてもらわなくても構いません。それでも最後まで聞いてもらえると助かります」そういうとシルファさんは静かに頷く。
「私はこの世界の人間じゃないんです。ゴランセムと名乗る貴族にこの世界に連れてこられました」なんとなく机の淵を触れる。
「私の世界にはスキルなんてものは存在しません。訳もわからず首に奴隷の紋様をつけられ、そして……酷い事を、言葉で表せないほどの酷い事をされ続けました。おかげでこの真っ白な髪です。元々は黒髪なんですよ私」そう言いながら髪を掴む。
「そして、気がつけば何もなかったかのように野に放たれていました。とんでもない金額を持たされて。怒りと恐怖と不安で頭がグチャグチャになりそうでした」髪を掴む力が強まる。それでも、と言いながら「どうにかこうにか冒険者という身分を手にして休む場所も手に入れたんです。でも、でも!」自然と語気が強まってしまう。
「どうしようもなく怖かった。また連れて行かれてしまうんじゃないだろうか。また酷い事をされてしまうんじゃないか。少しでも不自然だと見つかってしまうんじゃないか! だから無理して仕事を探しました。どれも自分には困難な仕事ばかりでした。何せスキルは一切使えない呪いがありましたからね」そう言いながら眼鏡を持ちその意味を伝えるように示す。
「そんな時に見つけたのがここの仕事です。そして、ここで初めて食べた食事。美味しかった。暖かかった。本当に本当に涙が出るほど暖かく優しい味でした。だから、ただ守りたかったんです。善意なんかじゃなく自分が安心できる場所をただ守りたかったんです」自然と零れ落ちる涙を拭いながら恐る恐るシルファさんの顔を覗き込んだ。荒唐無稽な事だと自分でも分かっている。激昂されて追い出されてしまうかもしれない、そんな恐怖で体が縮こまる。そんな貝沼にシスターシルファは、静かに静かに、内容を咀嚼するように、真っ直ぐ貝沼を見つめていた。そして意を決したように「お話いただいた全てを今すぐ信じることはできません。ですが、あなたのツラさや悲しみは真実なのでしょう。私や子供達も皆、どうしようもないツラさを知っていますから分かります」優しくそして少し悲しそうに微笑みながら静かに語るシスターシルファ。そして何かを思いついたかのように「寄る辺のない状態が恐ろしいんだったらこうしましょう! ここの職員として正式採用いたします。そうすれば衣食住はこの孤児院で賄えます! ……とは言っても食事に関してはサンシローさんに調達していただくのは変わらないんですけどね」と言いながら少しバツの悪そうに笑うシスターシルファ。まさかの申し出で呆気に取られる貝沼。続けてシスターシルファは「毎月本当にごく僅かですがお賃金も教会から支給されますし。どうでしょうか?」不安げに話す。貝沼からすれば願ったり叶ったりもいいところだった。これ以上に嬉しい事などあろうはずもない。貝沼は「本当にいいんですか?こんな何処の馬の骨とも分からない輩を信用して」と孤児院を案じ伝えると「今までの仕事ぶりや人柄で問題ない人だって分かりますよ。大丈夫です」とシスターシルファは優しく微笑みながら話す。シルファさんの優しさに貝沼はまた涙する。涙を拭いながら「これは大きな借りが出来てしまいました。いっぱい働いて借りを返さないと」と言うとシスターシルファが「大きな借りがあるのはこちらですよ! 全くお人好しがすぎますよ」と怒るようでそれでいて慈しむようなそんな笑顔で答えてくれた。聖母のようなシスターシルファに心が洗われ救われたような気持ちになった貝沼であった。
一方その頃、九貴族第七位のティース・セット・ラフラルバ卿の元に、件の借金取り立て人の2人が訪れていた。
「それで?お前たちが企てた大量の奴隷確保の件はどうなったんだい」そうハーフメロウの彼女が見もせずに問い正すと、酷く怯えた2人の顔面は蒼白していく。沈黙とひりついた空気がひととき流れるも「こっちは表の仕事もあるんだ。それに大量の奴隷の売る相手も先約済みだ。時間がないんだよ。それで?どうなったのか、全て話せ」今度は2人を睨みつけ指で机をトントンと打ち付け苛立ちを露わにし命令する。渋々2人はことの顛末を話す。一言一言話すたびに空気が凍りついていくのを感じ口の中がカラカラになる2人。話し終えると「つまりはなんだい?訳の分からない男が?返済不可能なはずの借金を?全額返済したから?奴隷は1人も調達できてないってことかい」射殺す勢いのラフラルバの視線に縮こまりながらも肯定するしかない2人。それに対して「こうすれば良かっただけじゃないのかい」と取り立て人の1人をスキルでバラバラに切り刻む。悲鳴をあげる片割れがなんとか自分だけでも助かろうと「そそ、それがですね、あの野郎りょ、領兵を呼んで見届け人みたくやりやがるもんですから、殺すことも難しくてですね」と言い訳すると「領兵の1人くらい賄賂でも渡せばどうとでもできるだろう」と言いながら同じくスキルで首を跳ね飛ばす。バラバラの死体と未だ首から血を吹き出す死体。それを虫でも見るかの様に一瞥しながら「さっさと片付けな」と掃除係に言いつける。清掃作業が始まる中「どこの誰だか分からないがこの貸しは高くつくからね」と呟き、謎の男を調査するよう、裏組織の情報屋たちに指令を出したのだった。
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