6話『初仕事と報酬の味』

「……で、依頼を受けたはいいがどうすればいいか分からず、うちにきたと?」と呆れ顔のワインダ百貨店の店主が貝沼を睨みながら悪態をつく。はい……と申し訳なく思いながら答える貝沼に、やれやれと言いながら「まぁアンタは金払いだけはいいし、ある意味上客といや上客だからな。面倒見てやるよ」と店内を案内してくれる。なんだかんだで面倒見がいいのかもしれない。

「鑑定の類はその眼鏡が補ってくれるが、依頼は運搬も含まれている。そうなると個人の冒険者は『拡張バッグ』を利用してる。これは次元スキルが付与された魔導具で、両肩で背負うサイズだが中は値段によって何倍も広くなっている。入る分の重量が無効化するスキルも付与されとるから、お前さんみたいなひ弱な新米冒険者でも使えるだろうさ」魔導具というのは本当に便利なものばかりだ。こんな物どうやって作られているのか質問してみると「んな事も知らんのか?本当にアンタ何もんなんだ?……いやいい。魔導具ってのはレアメタルの魔石を核にした物で、魔石ってのはスキルを付与することができる希少なもんだ。んで、魔導具職人って奴らがこれらを専門に作ってる。作り方なんざ只の商人の俺には知ったことじゃないがね」となんだかんだで説明してくれた。困ったことや分からないことがあったらこの人を頼ろうと貝沼はそっと思う。

「あと! 山や森に行って食料を探すってことは、そこに住む獣どもとも遭遇する確率は高くなる。草食の奴らがそれを食べて生きているわけで、更にそれを狙う肉食獣もいる。生態系の基本だ。それくらいは分かるよな?まぁだから、最低限防具と武器は買っていけ!」そう言いながら防具と武器が置かれている場所を案内してくれる。何から何までありがたい。

「武器や防具は性能が高いほど必須ステイタス値ってのが設定されてる。だからまぁ……アンタの場合高性能なものはあきらめろ。武器は薬草狩りや食料調達にも使える変形武器のサバイバルナイフ。防具は防御力をあきらめて、当たっても衝撃を逃しやすく滑り逸らしてくれるスモールマッドドラゴンの皮と鱗で出来たこれが丁度いいだろう。摩擦係数を減らすスキルが元々付与されている素材だが必須ステイタスがない代物だしちょうどいいだろうさ」武器の見た目は鞘のあるただのナイフのようなのだが、変形武器ということで説明通りカチャカチャさせると、手鎌のようになったり鞘部分が固定されスコップのようになったりと便利なものだった。防具は全体的に茶色でヌラヌラとした少し気味の悪い素材だが、濃淡や細工など上手く組み合わせ防具然と仕上げてある。どちらもなんというか、職人技のようなものを感じた。

「言っとくがどっちも必須ステイタスが必要なくてここまでの性能だから、それ相応の値はするからな?……まぁアンタにとっちゃ屁でもない額だろうがね」そう肩をすくめ説明を終える店主。拡張バッグは最高級の物、それと紹介してもらった武器と防具を購入しその場で装備させてもらう。一気に冒険者になったような気分になり少しソワソワした。こんな気持ちになるのは久方ぶりだった。礼を言い店を出る時だった。

「アンタ名前なんて言うんだ?」そうぶっきらぼうに聞いてくる店主。それに「貝沼と申します」と辿々たどたどしく答えると「まぁなんだ、一応は上客だからな?名前くらい覚えとかんといかんと思ってだな……。おっと、俺はマイロー・ワインダってもんだ。これからもご贔屓に、な。商売上だけだからな!」そう言うと踵を返し店内に戻っていく。ぶっきらぼうだが悪い人ではないようでなんだかクスりとしてしまった。


 依頼書に書かれた住所に向かうと、そこは町外れの古びた教会のようだった。依頼書には孤児院と書かれていたので教会が孤児院を兼任しているのだろうか。少し緊張しながら扉をノックし「ごめんください」と言う貝沼。遠くの方から「はーい」という女性の声が聞こえる。駆け足の音が近づき、やがて扉が開かれる。そこには金髪で透き通るような青い瞳の美しいシスターがいた。

「ご用件はなんでしょうか?」というシスターに冒険者であることと依頼を受けに来たことを伝えると、大変驚いた様子で「ほ、本当に依頼を受けてもらってよろしいんですか?」と恐る恐る聞くシスター。無理もない。実質損しかない依頼内容で長い間誰も受注していなかったのだろう。だが「私にはお金の余裕がありますが戦闘能力が皆無だったので丁度良い依頼だったんです。お気になさらないでください」とありのままを説明する。はぁ……と訝しみながらも納得してくれたシスターは「依頼の前に自己紹介を。わたくしはシルファ・イルーイ。このイルーイ孤児院を管理しております。どうぞよろしくお願いいたします」と深々と頭を下げて自己紹介してくれた。慌てて「あ、私は貝沼かいぬま 三四郎さんしろうと言います。こちらこそよろしくお願いします」と同じく深々と頭を下げる。お互いシンクロしたように頭を下げ頭を上げた途端目が合ったため、なんというか、変な空気になりお互い苦笑してしまう。

「では、依頼内容の確認なんですけど、食料になる物と薬草になる物の収集、で間違いないですよね?」というと、えぇと答えるシスターシルファ。

「報酬のことなんですが、この現物支給というのはどういう感じで?」と質問すると、シスターは気恥ずかしそうに「うちの孤児院にはお支払いする金銭がないため……その……夕食を……」と口をモゴモゴさせる。

「夕食がなんです?」と答えを促すと「う、うちでそのぉ……夕食を振る舞うってそんな豪勢なものでもなくてですね、えぇっとその……嫌でしたらお持ち帰りして頂いてもよいのですが」と辿々たどたどしく答えるシスター。元々病気になってから食事が只の栄養補給になっているので、今夜も宿屋の干し肉と薄いスープと硬い黒パンのセットを流し込むつもりだった。だから「あぁ……別にお邪魔でなければそのままご一緒に食事をさせてもらえれば結構ですよ」と軽い気持ちで答える。その答えが意外だったのか、嬉しそうに「そうですか! では今夜は美味しい夕食を用意いたしますので!」と力こぶを作るシスターシルファにほっこりする。では行ってきますと、言い残し領外に向かう。行ってきますなんてどれくらいぶりに言ったっけか。


 食用や薬用の見分けは眼鏡のおかげで素人の自分でも簡単にできた。だが存外重労働でもあった。いや、通常ならきっとそんなにしんどい作業ではないのだろうが、病気の、更に言えばこの呪いの「ステイタスオールマイナス」が響いているのだろう。とにかくしんどかった。額に汗をかき食用と薬用の物を刈り取っていく。一区切りつけて少し休憩する。森の中は鳥や木々の音が心地よく響いていて気持ちが良かった。土臭く草臭い事を除けばだが。休憩を済ませまた作業を再開する。そして休憩。それの繰り返し。いつの間にか日が陰ってきた。そろそろ戻らなければと立ち上がり領門の方に重い足取りで向かっていく。


 初めて訪れた時と同じようにノックをしながら「ごめんください」と、孤児院を訪れる。同じく「はーい」と言いながら小走りで出迎えてくれるシスターシルファ。

「あ、サンシロー様! お待ちしていました。今丁度みんなで夕食の用意をしていたところなんですよ。ではついてきて下さい」とどこか嬉しそうなシスター。はぁ、といった具合に言われるがままついていく貝沼。案内された場所は質素でひらけた部屋で、毎日子供たちとシスターが食事をしている場所なのだろうなと、要所要所の物の配置だったり汚れだったり、なんというか和やかな気分になる場所だった。そこを忙しなく動き回り食事の用意をする子供たち。こちらを一瞥しペコっとお辞儀をして作業に戻る子供。釣られてペコっとお辞儀を返す。

「サンシロー様の席は、えぇっとこちらですね。どうぞお座りになって下さい」と言い残し、食事の準備に向かうシルファさん。異物である自分がいるからか、どことなく緊張感が漂ってはいたが、子供たちとシスターのやり取りを見てると、どこか懐かしさのようなものを感じる。ずっと見ていられる光景だなぁと貝沼は思う。


「今日はお食事の前に、お客様がいるのでみんな?自己紹介をしましょうね」そうシスターシルファが子供たちを一瞥しながら言う。えぇ~だったり不満の声も上がるが「こらぁ!」とシスターが叱るとシンと静まり返り、渋々といった感じで自己紹介が始まる。

「えっと、ジークです」そう答える彼はおそらく子供の中では一番年長なのだろう事が伺える落ち着いた佇まいの青年で、頭には片方に角が生え肌は所々リザードの鱗があったのでハーフリザードだと思う。

「……メイプ」と言うなりすぐにシスターの後ろに隠れたのは、おそらく一番年少の女の子で、背中には小さな羽が生えていた。ハーピーにしては飛ぶには心もとない羽なのでこちらもハーフだと思う。

「ぼ、ボクはルガン……です」そういう彼は、この中で一番体が大きいが気弱そうなハーフオーガの男の子だろうか。

「あたしはメニアよ!」と堂々と自己紹介するのは魚類特有の鱗やヒレが美しい勝ち気なハーフメロウの女の子か?

「えっと……メー」ぽやんとした雰囲気の彼は頭身的にドワーフかそのハーフかだろうか。

「オレはライジだぜ!」そう元気よく紹介してくれたのは特徴的な毛並みから見てライカンのハーフだと思う。

「僕はトントだよ」そういう彼は特徴的な大きな鼻とちょっと太っちょな容貌からハーフオークの男の子だと思われる。

「そして私が、このイルーイ孤児院の管理をしているシルファ・イルーイと申します」最後にシスターが自己紹介を済ませ沈黙が訪れ、ようやく自分の番かと気付き急ぎ目に「あ、自分は貝沼かいぬま 三四郎さんしろうです。宜しくおねがいします」と締まらない自己紹介を済ませた。


「ではみんな?今日はお客様もいますからご行儀よく食べましょうね?では、いただきます」とシスターが言うのと同時に、子供たちが一斉に「いっただきまーす!」と叫び食事が始まる。目の前には2つの皿が置かれており、片方は黒パン。もう一方は山菜ときのこのスープが置かれていた。お世辞にも豪勢とは言えないが、子供たちは皆一様に楽しそうに食事をしている。多少の居心地の悪さみたいな物を感じたが、とりあえず食事を済ませようと、スプーンを手に持ちスープを掬い口に運ぶ。味は素朴で優しい味。山菜やきのこの香りが楽しい。薄味だが本当に優しい、優しい味だった。そんな時だった。シスターシルファが突然「サンシロー様?どうされました!? お口に合いませんでしたか?」と心配そうにこちらを伺う。なぜそんな事を聞くのだろうと、そんな事はないですよと言おうとした。だが喋られなかった。目から大量の涙が溢れ、嗚咽混じりになっていたからだ。それでもなんとか「だ、大丈夫れす。ずみませんホントおいじい、ですから」となんとか声を絞り出し、食事を続ける。美味しい。美味しいのだ。食事を食事と感じ、食べ物を美味しいだなんて、どれだけ久しぶりか分からない。別に味覚障害という訳じゃない。味はずっと前から分かる。だが食事が食事ではなく、只の栄養補給になってから久しい。だから、心に沁みた。そんな自分の様子を子供たちは一瞥し、察したかのようにいつもどおりの食事を続ける。彼らも孤児院にいるからなのか、そういう機微にはすぐ気づくのだろう。恥ずかしい限りである。シスターシルファも同じように黙って食事に戻る。初仕事の報酬は、大量にある金でも買えない、小さな幸せが詰まった食事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る