5話『九貴族会議』

〜王宮の大円卓会議室にて〜


 会議室の扉からノック音がなり足早に1人の女性が入る。

「皆様遅れてしまい申し訳ございません」そう謝罪する彼女は第9位貴族ピーアース家当主、セレス・ヌフ・ピーアース卿である。聡明な美女で文武両道のヒューマン。貧富の差を無くす活動や貴族らしからぬ仕草から国民からの支持が厚い。

「9位風情が上位各位を待たせるなんて、国民人気で何か勘違いでもしてんじゃないかい?」と嫌味を言うのは第7位貴族ラフラルバ家当主ティース・セット・ラフラルバ卿である。ハーフメロウの彼女は50代になりかつての美貌は衰えてしまったものの、商業組合の頭取でもあり隙がなくその手腕は衰えを知らず、国に巣食う裏組織のトップとしての顔も持ち合わせている。そんな彼女に「まぁまぁラフラルバ卿、麗しのピーアース卿も何かと忙しい身だ。お許しになってくださいよ。ねぇ?他の皆様もどうか穏便にお願いしますよ! ハッハッハ!」とヘラヘラ宥める彼は、第8位貴族ジルバルトル家当主パイセル・ユイット・ジルバルトル卿。常に飄々とした態度でのらりくらりする好色家のヒューマンだが貴族当主としての激務をそつなくこなす。

「ふん! どうでもいいから早く席につきたまえ!」そう言う彼は第6位貴族シースライト家当主パードナ・スィス・シースライト卿である。選民意識が強く血統を重んじるエゴイストのヒューマン。趣味は奴隷商から買った子供と飼っている魔獣を戦わせるという非人道的な趣味のあるサディストでもある。

「気にする必要はありませんよ。皆それぞれ激務なのですから」そう優しく諭す彼は第5位貴族モンスイリア家当主デュバルタ・サンク・モンスイリア卿。ハーフエルフの彼は御年おんとし63にして見た目は若く青年のように見える。金髪の長髪で温厚なため国民の女性人気が高いことでも有名。そこへ嫌味ったらしく「ハッ! 流石は国民女性人気ナンバーワンのモンスイリア卿! 女性の扱いは慣れているようだなあ! だが我らの貴重な時間を無駄にしたのだ! それ相応の罰を与えるのが筋じゃあないかね?あぁ?」そう鼻息荒く捲し立てるのは第4位貴族ヘクリアルカ当主ゴルドー・カトル・ヘクリアルカ卿。ハーフオーガで図体も態度も共に大きいが、これでも世襲制国防総長を担う国防の要である。

「それはいいわね! 私の近衛兵に首を跳ねさせましょう! そうしましょう!」とのたまうのは第2位貴族ランデュース家当主ルージュ・ドゥ・ランデュース卿。ヒステリックなヒューマンの女性で、気に入らない事があるとすぐ近衛兵に首を跳ねさせようとする性格破綻者。そのため国民からの支持は薄い。そして溜息まじりに沈黙する目つきの鋭い老婆が、第3位貴族ドラドイア家当主のシルビア・トロワ・ドラドイア卿。エルフの長で御年4417を迎えるエルフ族の長であり、建国当初からエルフ族の代表としてこの国の中枢に居座り続けているため、国王に次ぐほどの権力を擁している。そして最後に「静粛にせよ。今は大事な定例会議の場である。皆、静粛に席へつけ」と重く響く声で全ての貴族を黙らせたその人こそが、第1位貴族トレイラン家当主のミルヴァ・アン・トレイラン卿である。ヒューマンであるがその威風堂々たる佇まいは威厳の塊のような傑物。九貴族を束ねるリーダーシップのある賢人にして良識人。武にも長け非の打ち所がない。会議室扉前を護衛する王宮兵士たちにも、中のヒリヒリとした空気が扉ごしにも伝わり胃に穴が開く思いだった。


 では、と会議はトレイラン卿の一声で会議が始まろうとしていた時だった。遅れて入室したピーアース卿が突如「定例会議の前に皆様にご報告しなければならない大事な案件がございます。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」と申し出る。これには各貴族ざわつき沈黙を貫いていたドラドイア卿も「ということは余程の大事な要件なんだろうね?」と釘を刺すように言葉を発する。えぇ、とたじろぎながらも円卓中央にあるスクリーンに用意した資料を映し出す。それは本棚を写した写真が複数枚まとめられていたものだった。

「本棚がなんだっていうのよ! あなたの本棚が散らかっていようと知ったことではないわ! あなたのとこのメイドを叱りつければいいだけじゃないの!」ヒステリックに叫ぶランデュース卿。そう、本棚が映されているがぎっしり詰め込まれた本棚には所々があった。

「私も初め見たときはそう思いました。ですが思い返してみると、この本棚は私が幼少の頃からこの状態のままだったのです」つまりは所々空白があるまま数十年使用され続けていたことになる。

「単にあんたら一族が揃いも揃っておマヌケだったってだけの話だろ。これの何が重要なことなんだい?」そうニヤつきながらハーフメロウのラフラルバ卿がいうが、ピーアース卿は折れない。

「私や使用人たちも不自然に感じながらも記憶は一致しており、念のため蔵書記録と現在保有している書物の照合をいたしましたところ、欠落は一切なく盗難されたということもありません。私自身も使用人たちも身の回りの片付けは徹底しておりこのような不自然な使用を許し続けていたのは異常であると思います」更に続け様に「今すぐ皆様の家の使用人に本棚の確認をさせてくださいませ。同じ現象が起こっている可能性がございます。なぜなら私の領内の本屋や図書館でも同様の現象が起こっているからです!」これには流石の貴族たちも驚きを隠せず、すぐさま連絡端末である魔導具にて家の蔵書の確認をさせる。結果は「確かに不自然な抜けがあるようだ。私も思い返してみればその本棚をそのまま使い続けている記憶がある」そうトレイラン卿が全員の総意を汲み取り言葉を発する。

「これは何かの異常事態の前触れである可能性があります。わがトゥーリアス国の存亡の危機であると私は考えております!」そうハッキリと断言するピーアース卿。だが、不自然ではあるがと前置きした上で第1位貴族トレイラン卿が皆の意を汲み「この事象がそのまま国家存亡の危機に繋げるのは早計であると私は考える。このことについては各々が変化があり次第、随時報告し経過を見ないことには我々も動きようがない。良いな?」と諭す。もっともな意見であるし反論の余地はない。致し方なく「承知いたしました」と発するピーアース卿だったが、納得はできていない。なぜならこの円卓会議場にも異常があったからだ。円卓は九貴族全員分の席が用意されている。にもかかわらず、1があり椅子も用意されているのだ。記憶を遡ってみれば自分が当主になりこの円卓に訪れた際にはすでにその状態だった。おそらく皆の記憶もそうだと思う。だがそんなことはあり得るのだろうか?現れることが決まっていない貴族の席を空白含め随分前から用意しておくものだろうか。ピーアース卿は確信する。これは国家存亡の危機であると。だが他の貴族たちの協力は得られない。ならば自分の権力下で調査を進めるしかない。そう誓った。


「では、定例会議を始める。まずは食糧危機に関してだが……」とピーアース卿の思いとは裏腹に会議は粛々と進行していく……。




 目を覚ますとそこは知らない天井だった。どうやら冒険者組合で気を失った貝沼を係のものが病院に知らせ搬送されたようだった。側にいた看護師らしき者が駆けていき、やがて医師が訪れる。初めて訪れた時と同じ医師だった。

「どうも、気分はどうですか?ふらつくような感じはありますか?」との問いに、自分の体を見回し頭を振ったりして確認し「今のところ問題なさそうです」と答える。医師は「念のため診察だけはもう一度させていただきますね。では《診察メディカルチェック》……うん、相変わらず解除できない呪いと全然読めない項目は健在ですが、まぁ問題ないようですね。もう帰られて大丈夫ですよ」と診察を終え医師はその場を後にする。全然読めない項目は健在……か、と貝沼は疑問に思う。病院を出ながら眼鏡にてステイタスを確認する。


※特記事項※

【解除不可】深淵の呪い(ステイタスオールマイナス・スキル&ジョブ不可)

【常時発動】三女神の寵愛(繝サ繧ェ繝?さ繧ウ繧ッ繝サ繝医ぇ繝シ繧オ縺ョ荳牙・ウ逾槭↓蟇オ諢帙&繧後※縺?k縲ゆク牙・ウ逾槭r縺輔○菴ソ蠖ケ縺吶k縺薙→縺悟?譚・繧九?)

【非有効化】豺ア豺オ縺ョ謇(荳牙・ウ逾槭?蜉帙↓繧医j豺ア豺オ縺ョ謇峨?髢九°繧後k縲よキア豺オ縺九i縺ッ繧「繧カ窶輔ユ繧」縺碁?吶>蜃コ縺ヲ荳也阜縺ッ邨らч縺励Κ繧ー?昴た繝医?繧ケ縺ョ蜷阪↓縺翫>縺ヲ荳也阜繧堤ケ九£貂。繧願?繧)


 確実に読める箇所が増えている。気づかなかったとは思えない。本当に読める箇所が見えていないのだろう。なので、現状自分だけが読める箇所が出てきたということが分かった。と同時にあの仄暗いフードの女性、彼女の名は『アウラニイス』で、三女神の寵愛とあることから何かしらの女神なのだろう。そんな女神がなぜ自分を寵愛するのか全く身に覚えがなかった。そして顕現。つまりは貝沼がアウラニイスを顕現させているという事だろう。宿屋に着き、ベッドに横になる。なぜあのタイミングで顕現したのか。まぁ前後関係を考えればなんとなくだが分かる。自殺衝動がトリガーとなっているのだろう。そして彼女の姿は自分にしか見えないという点。そして、彼女に触れられれば……。

「俺が殺したようなもんだよなあれ……」罪悪感に吐き気が伴う。だが自殺衝動は綺麗さっぱりなくなったのは事実だった。私を蔑ろにした者たちが苦しみながら自殺していく様を爽快に感じる自分もいた。そのことが余計に罪悪感を深めた。その日はそれ以上外に出る気力も食事を摂る気力もなく、そのまま眠ることにした。鬱病なのでうまく眠られるわけではないのだが、ただ無心に目を瞑り横になってその日を過ごした。


 翌日、食堂で食事を流し込み、足取りは重かったが再度、冒険者組合に向かった。昨日の惨事で依頼掲示板の前は人が少なかった。おかげでじっくり依頼を見ることができた。だが、どれも条件で弾かれてしまう。ちょうどいい依頼はないものかとじっくり依頼掲示板を見ていた時だった。

「ん〜!? 君、珍しい呪いにかかってるね! ちょっとちょっと! もっと見せてよ!」と言われたかと思うと、肩を掴まれグルリと回転させられ目を回しているところに肩をガシッと掴まれた。あまりの唐突ぶりに目をパチクリさせる。

「こらメル! ま〜たそうやって相手に無断でステイタスを覗き見る! そういう事はマナー違反だと何度言えば分かるんだい」と今度は優しい物腰だがガタイの大きなハーフオーガらしき男性が割って入る。

「ケッ! んなヒョロがりの何が珍しいんだか」と失礼なことを言うのは銀髪褐色長耳のダークエルフ。

「我ら魔眼旅団の名を汚すような事を言うでない! ニンニン!」とどこからどう見ても忍者スタイルの男性と「まぁまぁ〜興味があるって事は良いことよね〜仕方ないわよねぇ〜」とのほほんとした喋りの女性が登場する。突然の濃ゆい登場人物たちに目が回る。

「ごめんごめん! もうしないから許して〜♪それじゃね〜新人さん! 今度じっくり見させてね〜♪」と言うと、濃ゆい5名はこの場を去っていった。なんだったんだ一体……と困惑していると周囲にいた冒険者たちが「あれが噂の魔眼旅団か! すげぇ初めて生で見た!」とはしゃいでいた。気になって尋ねてみると「はぁ?知らねぇの?どんな田舎もんだよお前……まぁいいや。あのな?あの人たちは魔眼旅団って冒険者パーティーで構成メンバー全員魔眼持ちなんだぜ! スゲェだろ! いいよなぁ魔眼! カッケェ!」そう興奮して捲し立てる。魔眼。スキルという物がある世界だからそういう不可思議なモノもあって当然かとひとり納得し、また依頼掲示板と睨めっこを始めた。


 一通り見終わり、最後に端っこの方に古びた依頼書を見つけた。内容を見てみると『依頼内容:薬草や食料になる物の採集・報酬:現物支給・条件:特になし』という物があった。これだと思った。というよりそれしかなかった。報酬に関しては期待できなかったが「普通の冒険者」として日々業務できて不自然に思われなくなるだけでこちらは構わない。早速依頼書を剥がし、受付に持っていき依頼を受領する事ができた。これで冒険者の仲間入りかと思うと少し感慨深い。が、ひとつ大きな事を忘れていた。薬草や食料になるものをどうやって運べばいいんだ?


 貝沼の冒険者生活はまだまだ始まらないのであった。

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