3話『たらい回しに疲労マシマシ』

 森を歩き出して数十分ほど、日差しは強くお陰で衣服は乾いてきたが、あんな事があったのと鬱病のせいもあり貝沼かいぬま 三四郎さんしろうの足取りは重かった。助けてくれた男性は「これくらいでしんどいのか?貧弱だねぇ」などと悪気なく言いながら前をさっさと歩いていく。ついていくのでやっとだった。やがて高壁に囲まれた広い街と関所のような大きな門が見えてきた。

「お〜い! ほら、あれがピーアース領の領門だぞ。あとちょっとだ。頑張れ頑張れ」手をパンパン叩き煽り立てながら更に前へと歩く。


 ようやく門の前までたどり着き門兵が複数人いる事が目視できた時だった。あんなに親切だった男性が急に貝沼の首根っこを掴み門兵の前に投げ飛ばす。何をするんですかと文句を言う前に「門兵様! あっしが見つけやしたよ! ほら、ほらほら! コイツァ脱走奴隷に違いねぇでしょう! さぁ! 報奨金をあっしに下さいな。ねぇ?」と衝撃の言葉が発せられる。近寄りジロリこちらを覗き見る門兵。

「確かに首に奴隷紋があるな。お前ちょっとこっちに来い」そう言われ何か黒い物の方へ歩き出す門兵。彼は帯刀しており、周りにいる他の門兵も同様だったため仕方がなくついていく。へへへと笑う薄汚い身なりのあの男。腹立たしいがそれ以上に心拍数が上がる。このままではゴランセムとの件がバレてしまうかもしれない。

「ほれ、これに手をかざしな」そう命令する門兵。近くで見ると背丈より大きくちょうど自動販売機のような大きさと形状の装置だった。全体が黒い鉄製で全方中央部に手をかざす溝が斜めに掘られご丁寧にも手のマークが書かれていた。門兵に言われるがまま恐る恐る手をかざす。するとシュインシュインと何かを読み取るような音が鳴り、程なくして鳴り止んだ。

「照合結果はどうだった! ベルナルダ!」そう言う門兵に装置の後ろにある部屋から出てきたおそらくベルナルダなる人物が「でしたので、まぁどうせあの乞食のトーマンが違法に《奴隷呪縛スレイヴチェーン》を使われた奴を捕まえてきて金をせびってるだけでしょう。入領税も支払い可能でしたし通行に問題ないかと」とあの小汚い男、おそらくトーマンの方をヘラヘラしながら見て言った。そんな馬鹿な何かの間違いだとゴネるトーマンを追い払う他の門兵たち。

「あんたも大変だったな。奴隷紋自体は消えないが解放奴隷である事の証明になる焼印を念のためつけておいてやる。ちょっと熱いが我慢しろよな?《熱印字ヒートインク》」そう言うと貝沼の顎下から喉仏そして喉元までを赤く光る人差し指でなぞる。肉がこげる音と匂いと熱さに顔を歪ませる。

「よし、こんなモンだろう。これで奴隷だと間違われることもない。さあこれで入領手続きは終わりだ。さっさと行った行った」そう貝沼のケツをはたきながら言う門兵。何が何だか分からなかったが一先ずバレずに済んだようだ。何故かは分からないが……。それにしても疲れた。とりあえず休みたい。街ならば泊まれる場所はないのだろうか。そう思い後ろを振り返り「すみません! どこか安く泊まれる場所はありますか?」と聞く貝沼に「それならそこの路地を入ったところに蛇の看板がある『マールリット蛇亭』がちょうどいいと思うぞ〜」と先ほどの装置をチェックしていたベルナルダなる門兵が教えてくれた。ありがとうございますと礼を済ませ路地を曲がり『マールリット蛇亭』を目指した。


 結果としては休めなかった。『マールリット蛇亭』には到着した。だが「肩書がはお断りだよ」とラミアの店主に追い出される。どこに行けばその冒険者とやらになれるか尋ねると、面倒くさそうに「冒険者組合に行け」とのこと。道すがら冒険者組合の場所を尋ね、ようやくたどり着いた。が、ここでも一悶着あった。冒険者登録自体は簡単にできるようで質問に答えるだけで良かった。だが「ジョブのを答えてください」の問いに「ジョブ?」と問いで返した途端、登録はできませんの一点張り。どうにか「ジョブ登録相談所」なる場所を聞き出し足取り重く赴く。そこでは相談員が一から説明してくれた。なんて親切なのだろうと思ったが、相談料は先払いですと言われ困惑する。入領税の時も気にはなっていたのだがお金など持っていない。一体どうやって払ったのか分からないのだ。するとそれも懇切丁寧に教えてくれる。相談員は首の奴隷紋もとい解放奴隷痕を見て何となく事情は察知しておりますといった様子で。曰くこの国の通貨「ディネロ」は肉体情報に刻印されて貯金や支払いが可能なのだと言う。入領税の際に手をかざした装置は支払い機能と肉体情報を読み取り国のデータバンクに照会する物だったらしい。通常の売買は売る側がスキル《合意貿易トレード》を使い、一般的には手と手を触れ合い支払いをすませるものなのだとか。ハイテクで便利な世界だなと感心する。で、現在相談する際、《合意貿易トレード》により支払いがので引き続き相談が可能であると相談員は笑顔で語る。何故無一文のはずの貝沼かいぬまが支払い可能なのか疑問は残るが、一先ずその「ジョブ」とやらについて質問した。相談員はこれまた懇切丁寧に答える。

「ジョブとはこの施設で登録できる恩恵で、お客様個人個人のステイタスや所持スキルに合わせたジョブをご紹介させていただいております。ジョブによりステイタスの上昇、専用のスキルが発現するなど様々な恩恵を受ける事が可能となっております」と営業スマイルで答えてくれた。もちろんジョブ登録は別途有料であると添えながら。支払えるかは賭けだが一先ず自分にあったジョブの登録をお願いしてみた。そんな便利な物なら使わない手はないし何より冒険者登録にジョブは不可欠なはず。だが「……お客様、残念ながらジョブの登録ができません。どうやら呪いか何かのせいで登録が妨害されるようでございます。ですので……」とやんわり出て行ってくれといった態度になる。呪いならばその呪いを解ける人や施設はないかと尋ねると「そういうのは病院でご相談されてください。次の方どうぞ」と強制的に会話をシャットアウトされた。仕方なく今度は病院へ向かう。場所はまた道すがら尋ねながらだ。病院につき、待たされ、自分の番になる。

「初診の方ですね。本日はどのようなご用件で」と診察を始める医師。なのでジョブ相談員に言われたジョブ登録できない呪いを解いて欲しい旨を伝えると「分かりました。ではまず《診察メディカルチェック》……んん?何だこりゃ?」と怪訝な医師。不安になる貝沼。

「う〜ん……解呪できるか試してみますね。では《解呪ディスペル》」体が光に包まれる貝沼。如何にもな感じで期待に胸が躍る。だが「……やっぱりダメですね。あなたの呪いは解除不可なんですよ。ご自分でも確認……いや、そうか無理なのか」と1人で勝手に納得する。どういう事なのか説明を求めると「あなたの呪いは3つあるようでその内2つはから内容は全く分からないが、残りの1つは内容が判明しました。内容だけ説明しますね。念のためもう一度、《診察メディカルチェック》……うんやっぱりそうですね。内容はステイタスが全てマイナスになるのと同時に、スキルやジョブが使用できないという物です」と無慈悲な宣告を受ける。私はただの鬱病のはずです! そんな呪い何かの間違いではと食い下がるも「鬱病?というのは私は聞いたこともない病気ですが、ともかく! その呪いは解除不可能なのでうちではどうにもなりません。かと言って他ならどうにかなるものでもないですよ残念ながらね」と溜息まじりに告げる医師。そうですかと意気消沈な私に、あ! と医師が何か思いついたような仕草をする。治す手立てを思いついたんですかと前のめりで聞いてみると「そうではないんですが、道具屋……いや、百貨店の方がちょうどいいか。そこに行ってみて下さい。今のあなたに最低限生活できるレベルの物が売られているはずですから」と言い診察を終える。これまた道すがら百貨店の場所を尋ね重い重い足取りで聞いた場所にたどり着く。が、如何にも高そうで高級感のある、正直入店に圧のある店構えだった。その圧に押されたじろぎ辺りを見回すと、少し離れた路地裏に「百貨店」なる看板を見つけた。人通りも少なくそちらはがないのでそこに入店することにした。店名は『ワインダ百貨店』というらしい。そういえば何故文字が読めているのだろう。明らかに日本語ではないのだが……まぁ今はいいか。とにかく疲れているので早々に解決させたい。休みたい。その思いから「えっと、お邪魔します」と入店した。そこには如何にもドワーフ然とした男性が1人奥の会計するであろう場所に座りパイプを燻らせていた。何を買えばいいか分からなかったので恐る恐る近づき、事情を説明すると「ふん、そういう訳か。その前に金があるか確認させてもらうぞ。相談に乗って金が足りませんでした、じゃぁぶん殴るだけで済まさんからな。それじゃ失礼するよ《現金確認マネーチェック》……はぁ!?」と突然大声を上げひっくり返る。どうしたんですかと倒れた店主を起こすと「あんたそんな大金どこで……いやいい! 事情なんか知らないし知りたくもない。こっちは払うもん払ってくれりゃそれでいいんだからな」と手を払いながら起き上がる。どういうことか聞いてみると「……俺の《現金確認マネーチェック》はレベル7あって、まぁ要するにてめぇの懐事情を7桁まで確認する事ができるんだが、7桁目が0なんだよ。つまりはそれ以上持ってるってこった。どこぞの大金持ちか何かかってのって話だよ胡散臭い」と顔をしかめながら答える。それがどれくらいの価値か分からなかったので、とりあえず目標の「宿に泊まる料金」を尋ねそれでこの国の貨幣価値を探ってみた。すると「安くても2、3万ディネロあれば十分一泊できるさ」つまりどういうことだ?安宿っていえばカプセルホテルとかそんな感じか。それの一泊って確か3000円にも満たない位だったはずだ。つまり円に0一桁上乗せしたくらいがディネロの価値。それを7桁以上ってことは……1千万ディネロ以上……つまり!? 何でそんな大金を持ってるんだ!? 軽くパニックになる。

「落ち着けって。今更慌てたところでどうにもなりゃせんだろ。俺は関係ないからな。俺は売る。あんたは買う。ただそれだけだ。俺は何も見ちゃいない。い・い・な?」と強く念押しされうんうんと頷く貝沼。


 所持金問題で話がだいぶ逸れてしまったが、そもそも私はここに『最低限生活できるレベルの物』を買いに来たのだ。そのことをもう一度伝えると「あぁ、そうだったな。ふん、それじゃちょっとついてきな」というと小さな歩幅でドコドコと店内を歩き出した。言われた通りついていくとそこには眼鏡がいくつか展示されていた。眼鏡が必需品?ピンとこない私に店主が「この眼鏡は本来まだスキルが発現しない子供用なんだが、まぁサイズはいろんな種族用取り揃えているからどうとでもなるな、うん。で、機能なんだがそうだな……装着してもらいながらの方が説明しやすいか。えぇっと、これをかけてみてくれ」そう渡されたのは銀縁のごく普通の眼鏡。言われた通りかけてみると度なしのただの伊達眼鏡だった。店主は「それじゃ使い方を説明するぞ?まずは《肉体情報ステイタス》と唱えてみろ」言われるがままに唱えてみる。すると目の前に半透明な表みたいな物が表示された。

「それが自分の肉体情報を確認できる《肉体情報ステイタス》という生活必需スキルだ。ちなみのそこに所持金も書かれているはずだが今は喋るな見るな口を閉じとけ。次いくぞ」そう言われると逆に見たくなるのが人間の性でちょろっと見てしまいギョッとする。パッと見えただけなので正確な数は分からなかったが7桁8桁以上あることは確かだった。「……ったく。いいな??次の説明にいくぞ?」うんうんと口を塞ぎ首を縦に振る。

「手のひらを見て《地図詳細ディテールマップ》と唱えろ」言われるがまま唱えると手のひらの上に球体が表示されピンのような物が指されている。

「そのピンがお前の現在地だ。そのマップは国内の主要な施設や店が既にマッピングされている。更にお前が行ったことがある場所なら表示される。指で引き伸ばしたりすればより近くから詳細にみることもできる」操作してみるとスムーズにズームインされ一気に一枚の地図のように表示される。よく見ると自分の向きに対応してマップが回転する。マップ上では自分が常に正面を向いているように設計されているようだ。すごくハイテクだとピンチアウトしたりくるくる回したりと気づけば遊んでいた。店主は咳払いをし「次で最後だ、そうだな……ちょどそこにある剣でも見ながら《調査鑑定ジャッジチェック》と唱えてみろ」また言われた通りすると、その剣に注釈のような物がポップアップされ『金属製の長剣:品質「良」』と書かれていた。

「その《調査鑑定ジャッジチェック》はレベル1のものだから大した情報は表示されんが、ただの草か薬草かとか、毒があるかないかとか、そういうに危険を知らせるための機能としては十分だろ?」と皮肉るようにこちらを覗き見ているが、こちらとしてはただの眼鏡だと思っていた物がとんでもなくハイテクだったので全く気にならなかった。肩透かしを喰らったかのような店主は、まぁいいかというと「じゃあさっさと会計を済ませるぞ! ほら《合意貿易トレード》」そういうと手を出してくきた。もう手順は知っている。金額の心配は……まぁしなくていいだろう。展示されている棚に書かれた額はそれこそそこそこ高めな玩具程度の額だったからだ。店主の手に手を添え支払いを済ませた。これで冒険者登録に……あっと叫び思い出した。ジョブだ。ジョブがなければ冒険者登録できないじゃないか。そう嘆いていた貝沼に店主が「冒険者組合の受付はジョブの何と言っていたかよく思い出してみな。有無って言ってなかったか?」とニヤリと助言する。あ、そういえばそうだった。質問し質問で返したから登録できなかっただけで、今なら事を答えることはできる。

「何から何までありがとうございました」と礼をし退店する。


 こうして無事に冒険者登録を完了させることができた。そのまま宿屋マールリット蛇亭に直行し、滞在期間1ヶ月更新の契約で泊まることができた。疲れた。部屋につくなりベッドに横になりそのまま眠った。異世界に来て初めてようやく安堵できたのだった。

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