第6話 山本と祖母
その日、山本は学校に来なかった。これまで一日も欠席することのなかった彼女であったからその日はクラスが少しばかり騒然となった。けれども彼らの興味はあっという間に彼女から逸れ、またいつもの調子に戻ったのであった。
しかし山本のことがずっと頭の中をぐるぐるとしていた私はいつもの調子に戻ることができなかった。田中のことを告げられて以来、その調子は悪化の一途をたどり、しまいには彼女の欠席一つで何事にも手が付かないようになってしまったのである。
私は田中の教室に向かい、彼を呼び出した。彼女は彼のことが好きだったのだから、彼なら何か事情を知っているのではないかと考えたからである。私の唐突な訪問を彼は不思議そうな表情で出迎えた。
「どうした?」
「山本が欠席したんだが何か知らないか」
「え? 一度も休むことのなかったアイツが!? 明日はパンデミックでも発生するんじゃないか!?」
彼の驚いた様子から私は彼が何も知らないことを確信した。知っていたのならこれほどまでに大きな声を出すはずがないだろうという推測の下での確信であった。
「その感じじゃ知らなそうだな」
「あぁさっぱりわからん」
「そうか。じゃあまた」
「またな」
彼女のことを心配した私は帰宅後すぐに彼女に連絡を入れた。少しばかり冷静になった私は彼女の身に何か不幸があったことを悟ったからである。しばらく時が経つと既読はついたが、返事は返らないままであった。彼女からの既読スルーなど経験したことがなかった私は若干の痛みを感じたが、彼女にとっては殻に閉じこもりたいくらいのことが起こったのだと自分を納得させた。
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も彼女が登校することはなかった。その間連絡が返ってくることはなく、私の心はますます騒ぐようになった。結局彼女が私の前に姿を現すことはなく、そのまま時が経ったのである。
進展があったのは二週間が経った頃のことであった。彼女の気が変わったらしく、彼女から返信があったのである。その内容は要約すれば彼女の家への招待であり、私は了承の意思を伝えた。
彼女が定めた日に私と田中は彼女の家を訪問した。出迎えたのは目から光が消えた山本一人であり、そこにおばあさんの姿はなかったのである。出会った当初の活力にあふれた彼女の姿はそこにはなく、彼女から感じられるのは負の気配ただ一つであった。貼り付けたような痛々しい笑みを浮かべた彼女は一言「いらっしゃい」と言った。
「「おじゃまします」」
彼女の祖母に何かがあった――おそらく亡くなられてしまった――ことは彼女の表情を見れば明らかであった。田中もそれに気づいた様子であったが、そのことに触れれば最後、彼女の精神が崩壊してしまいそうな危うさを彼女から感じ取ったのである。私たちは無言のまま階段を上った。
「おばあちゃんね、突然倒れちゃったの」
私たちは無言でうなずく。
「すぐに救急車を呼んだんだけどね、結局ダメだった」
暗い暗い。絶望したような、まるで犯罪者を恨む被害者の遺族のような表情で彼女は続ける。
「交差点に人がいっぱいいてね、病院に着くのが遅れちゃったの。サイレンの音を聞いてもあいつらは自分の通勤に夢中だった」
私も田中も無言のままであった。彼女の憎悪に応えられるような考えを持ち合わせていなかったのである。自分本位であった彼らが祖母を殺したのだと訴える彼女はそれでもなお貼り付けた笑みを浮かべていた。嗤っていたのである。
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