第5話 田中と山本

 山本が私に相談を持ち掛けてきたのはあと少しで二年生が終わろうとしていたころのことであった。緑のアイコンの連絡ツールで山本に呼び出された私は学校の近くの喫茶店に足を運ぶ。そこでは山本がすでに待っており、彼女は無言で何かを飲んでいた。


「悪い、待たせた」

「大丈夫。呼び出したの私だから」


 店員が来たので、私は彼女とはまったく違う、レモンティーを注文した。彼女はコーヒーにミルクを入れて飲んでいたのだからきっと苦いもので口の中を満たしたかったに違いない。


 私が来てからも、彼女は沈黙していた。連絡ツールですればいいものをわざわざ私を呼び出してまでしようとするのだからこの相談が彼女にとって重要なものであることは想像に難くない。けれどもこのまま日が暮れてしまっては彼女のためにはならないと思い、私のほうより切り出した。


「それで相談って?」


 彼女は一瞬のためらいの後、少々顔を赤らめた。私はこのことにはっきりとしないおぼろげな不安を感じたのである。そして直後にその不安が正しいことを自覚した。






「私田中くんのことが好きなんだ」





 このとき私の心は渋谷のスクランブル交差点のごとく騒ぎ出し、すぐに切れ味のよい日本刀で胸を貫かれたかのような痛みに襲われた。けれどもそれを表に出すまいと私の理性は必死の抵抗をしたのである。いっそ泣き出してしまえれば私はどれだけ楽になれただろうか。私は必死に作ったポーカーフェイスで彼女に言葉を返した。


「そうか。アイツのどういうところが好きになったんだ?」

「優しくて、賢くて、頼りがいがあって、あとは面白いこと言うけどでもちゃんと常識を持ってること」

「そりゃすげぇや」

「田中くんはどんな女子が好みなのかな?」


 もうやめてほしいと私の心は叫んだ。けれども彼女は私の想いには気づいていないのだから当然やめるはずもなかった。彼女は私が今もなお、友情的好意のみを抱く純粋な友達であることを確信しているのである。


「私、胸ないけど大丈夫かな。背も低いし」

「大丈夫だ。彼はロリコンだ」

「よかった」

「あとアイツは対等に付き合える女子がいいそうだ。頼られるのはいいけど頼られっぱなしだと苦痛になるってよ。あとは――」


 話せば話すだけますます痛みを感じた。激痛だった。

 しばらく話したあと、私は彼女に断りを入れ、席を離れた。耐えられなかったのである。個室に直行した私は個室の鍵をすぐに閉めた。


 決壊した私の心のダムは、長々とその水を流し続けた。止める手段を失った私はただその流れに身を任せるほか何もできなかったのである。

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