第4話 田中と山本と私

 山本との初会話から三か月が経った頃にはすでに私のまわりでは高校受験のことが話題に上がるようになっていた。私が通う第一中学校は公立中学校であり、高校へのフリーパスが存在しないためであった。


 さらに、いつの間にか田中と山本が仲良くなっていた。昨年はクラスが同じだったにも関わらず、特に仲良かったわけではないそうなのだが、知らぬ間に私が仲介人の役割を果たしていたのである。


「田中くんここわかる?」

「ん、どれどれ――これはなんとも」


 田中が微妙な顔をしていたので助け船を出してやろうと私は問題を指さした。


「とりあえずここに補助線を引いて――」

「絶対違うだろ」


 どうやら助け船ではなく、そのまま突き進めば不正解という名の沼に沈みゆく泥船を出してしまったようであった。まったくうまくない。


 田中と山本と私は三人で勉学に励む仲にまでなっていた。人間は特に意識することもなくこうして群れるようになるわけだから何とも不思議である。


 しばらく三人で頭を悩ませていたわけだが、答えにたどり着く筋道を立てたのは案の定田中であった。意気揚々と話す田中の解説を私は静かに聞く。山本も静かに聞いていたが、彼の解説が終わると、彼女はさっそく彼のことをほめたたえた。


 田中の解説は確かに答えまでたどり着くものであり、称賛するのは当然のことであった。けれども彼女が笑顔で彼を誉めたたえる様子は私の心に鋭利なナイフを突き立てられたかのような痛みを錯覚させた。


 そしてハッとした。私は山本から称賛された勉学のできる親友に嫉妬の感情を抱いたのではないかと。彼女に確かに貢献した彼を羨ましく感じたのではないか。己の感情の醜さに私は嫌悪した。


 勉強会以外にも私たちはともに過ごすようになっていた。それは三人組という他者に立ち入りができないくらいの蜜月関係で、田中と私が彼女の自宅に招待されるほどのものであった。


 たいていの場合彼女の自宅で行われるのは土管工事のおじさんが車を乗り回すゲームの大会か、もしくはもっと古典的な数字が書かれたカードゲームであった。いかんせん三人という中途半端な人数であるからできる遊びは意外と少ない。それ以外だと六法全書ゲームとかいう少々頭がおかしいとしか思えないゲームだったり、もはや遊びとは言えないただのセクハラトークだったりした。


 彼女の家庭は少々彼女にとって幸せなものではないように感じられた。彼女の母がとうの昔に亡くなられていたことを知ったときの暗い衝撃は私の身をえぐった。しかも彼女は父との関係は微妙であるそうだった。幸いにも祖母はご存命であられるそうだが、彼女によると祖母は御年八十歳である。祖母が力尽きたとき、彼女の精神が崩壊する恐れさえある。


 私たちが彼女の家にあがると、彼女の祖母がお茶を出してくれた。


「「ありがとうございます」」

「私の方こそ、いつも加奈と仲良くしてくれてありがとね」

「はい」

「いえいえとんでもないです」


 だいたい彼女の家にいるのは祖母であった。父を見たことはない。それは彼女の生活も日常もすべて祖母が支えていることを表していた。

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