第3話 田中と私
ところで私にはとても仲の良い親友がいた。田中というありふれた苗字の男は私と相性が良く、二人きりで遊ぶこともある程度に素晴らしい関係性であった。ただ残念なことに今年も違うクラスに配属されたために、話す機会はめっぽう減ってしまっていた。そんな彼が真顔で用を足してたのだから私は放尿中の彼に笑顔で話しかけた。
「ヘイ田中! ご機嫌いかが?」
体は便器に向けたまま顔だけを向けた彼は「ヘイ清水! ご機嫌いかが?」と返した。こんな調子の田中であるが、私よりも常識人である。
田中は七人兄弟の三男で、上司と部下の板挟みにされる中間管理職のような生活を常日ごろから送っているような男であった。自分を手足のようにこき使う兄と手のかかる弟。私には絶対に耐えられないような生活を彼は送っているのである。
したがって私が非常識なことを提案するとたいていは彼が止めてくれる。私が塩酸を希釈して飲みたいと言ったときに止めてくれたのも彼であった。
「ちょっとかわいい女子と席が隣になった。かなり賢い女の子だけどな」
「誰?」
「山本加奈さん」
「あぁあの山本さんね。去年一緒だった。確かに可愛いと思う」
去年も田中とは違うクラスであった。彼と私が友人関係になれたのはひとえに同じ卓球部に所属していたからであり、同じクラスになったことは一度もない。誠に遺憾である。
「そういえば清水テスト何点だった?」
「五教科合わせて三百九十八。そっちは?」
「四百七十ちょうど」
そしてこの田中、実はかなり勉強が得意の部類に所属する人間で、定期テストは呼吸をするように四百五十を超えてくる。さらにどこぞの進学塾の模試でも結構な上位校のB判定をもらっている猛者であった。なお顔面偏差値は二人そろって五十強である。
尿意を解決した私は田中とともに教室に向かう。彼と私の教室はお手洗いからは同方向にあり、彼の教室の方が二クラス分だけこちら側に近かった。
お手洗いと教室の間の廊下は誰かの手によって恐ろしく滑る状態になっていた。それは最早摩擦を感じないほどのものであった。
「今なら等速直線運動ができるかもしれない」
「もしできたら壁に激突するまで止まれないぞ」
私は「等速直線運動!」と叫びながら廊下を滑る。田中はそんな私を見てげらげら笑っていた。やはり彼と私は素晴らしい親友であった。
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