第2話 山本さんと私

 山本さん本人がすぐ近くにいるとは欠片も思っていなかった私は一瞬硬い鉄の棒のように固まった。そして彼女に一つも用事がなかった私はそれからどうしようと考えた。彼女の名前を口に出し、それを本人が認知した以上何の用事もないのはどう考えても不自然である。私はたいそう真面目な生徒のふりをすることにした。


「いかにして山本さんはああして読解できるようになられたのですか?」

「塾で毎日のように読まされてるから。あと言葉固くない?」

「毎日の苦行を乗り越えてそこにいらっしゃるのですね。まるで修行僧のようだ」

「清水くんなんかおもしろいこと言うね。ところで言葉固くない?」

「感謝申し上げます」


 私は彼女の名前をさきほどまで欠片も存じ上げなかったのに彼女は私の名前を知ってくれているようであった。席替えのくじ引きをしたのが昨日、実際に替わったのが今日からなのだから、彼女が私の名前をわざわざ覚えてくれているという事実は私にとって少しばかりの感動に値するものであった。私はさっぱり覚えていなかったというのに!


「ところで現在何をなさっているのですか?」

「いや、通りかかっただけ。特に黒板を使ってたわけじゃないんだけど」

「それはお引止めしてごめんなさい。どうぞお通りあそばせ」


 少しばかり笑って彼女は立ち去った。これはあくまで私の推測だが、私のおかしな言葉使いが微妙に彼女のツボをかすったのであろう。ただこれはネタではない。私は素が出ると時たまこのような表現が出る。社会人となったときにあまりよろしくない特性であろうことは私にもわかることだが、いまだに治らない。現段階ですでに諦めている。


 尿意がじわじわと私を侵略するのを感じて、私はトイレに向かった。

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