蜂おじさん
ヰ島シマ
蜂おじさん
今日は期末試験最終日。
活動の緩い部活の再開は明日から。今日はテストが終わってすぐにお昼の電車で帰る。
私もいつも一緒に行動してる友達も、通学電車は一度乗り換えを行わなくてはならない。その乗り換えの待ち時間がとても長く、一時間待つなんてのもざらだ。
ボロい駅舎には同じ方面の電車を待つ学生や老人が四、五人座っている。やっぱり田舎は人が少ないねと笑いながら私達も建物の中に入り、テストの出来が良かった良くなかった等を言い合って盛り上がっていた。
十五分ほど経つと、踏切が鳴って目的の電車がプシューッと音を立てて到着した。
勿論、自然の風が吹き抜けるだけで冷房機器が一切ない駅舎より、停車中も空調が効いている電車内で待ってるほうが快適だ。
他の乗客も立ち上がり、ゾロゾロと駅舎の改札を通って出て、熱い日の光を浴びて電車に移ってゆく。私達も続き、ゴウンゴウンと機械音を立てている車内に入った。
うちの県は無人駅が多い。だからだいたいの人は運転士さんに支払いをしなくちゃいけないから先頭車両に乗る。
私も友達と一緒に、先頭車両のなるべく前の席を陣取った。
車内は静かだ。一人でいる人達は音楽を聞いたり本を読んだりしているから、あまり大声で話す気にはなれない。
駅舎では騒いでいた私達もすっかり大人しくなり、各々携帯を触って残り時間を過ごしていた。
―― ブゥン、バチッ、バチッ ――
突然、後方から歪な音が聞こえてくる。
それは虫の羽音……虫が何かに当たる音に似ている。
後ろを振り向くと、連結部分近くの席の窓に、黒い物体が繋がっていた。
大きな蜂だ。
そう言えば、最近この駅にスズメバチの巣が出来たから気を付けるようにと顧問の先生が言ってたんだった。大の虫嫌いの私は全身からドバっと汗を噴き出した。
幸いにも電車の扉は開いている。何とか蜂が自力で外に出てくれればいいのだけれど、こちらが必死に願えば願うほど、事態は悪い方へ向かってゆく。
蜂は後方席の窓から真ん中の通路の天井に向かって飛ぶと、天井の壁に体をぶつけながらじわじわと前……私達の席へ近付いてきた。
私はどうしようと焦ったように友達に声を掛けたけど、彼女は”こちらが何もしなければ大丈夫”と気にしていない様子で携帯から目を離さず言った。
でも蜂って刺すのに、スズメバチって攻撃的で有名なのに……。そう友達の冷静さを不満に思いながら辺りを見回すと、私ほど焦った様子ではないけれど、皆チラチラと蜂の動きを見つめていた。
なんだ、怖がってるのは私だけじゃないんだ……とホッとしたのも束の間、天井を飛んでいた蜂は、突如ブオンッとデカい音を立てて急降下してきた。
一気に距離が縮まり、私は思わず”ヒッ”と声を上げて座席から滑り落ちるように、尻があった場所に背中がくるほどに体をずり下げた。
―― ブブッ……カチッ、カチカチッ ――
私の座席、頭の右斜め上……。とても近い所から、小さくともはっきりとした音が聞こえる。
蜂は威嚇する時、顎を鳴らして音を立てるらしい。カチカチとした音を。そして威嚇音を出すということは、攻撃の準備をしているということ……。
私は脇から背中から汗でビショビショだった。こんなに涼しい車内なのに汗が止まらない。
向かい合って座っている友達も、通路を挟んだ隣列の席に座っているおばさんや男子学生も、周囲の視線が全て私の方に集まっている気がする。
怖くて動けない。音の発信源を見ることすら出来ない、今動けば確実に刺される。
どうしよう本当に危ない、誰か外に追い払ってよ……!
「あーーーーはにゃらららららぁーーーー」
私が必死に祈っていると、静まり返った車内に高めの声質の男の人の歌……? が響き渡った。
先頭車両の一番前の扉から入ってきたその人は、夏だというのに生地の厚い長袖の作業着を羽織り、所々に穴の空いた帽子を被っている、薄汚い髭を首元まで伸び生やした浮浪者のようなおじさんだった。
五、六十代だろうか、おじさんは”なあーーーー”とか”うーーーー”とか、意味のない言葉を繰り返していた。
蜂に加えてヤバめのおじさんの登場に、車内の空気は冷え切っていた。
おじさんでも誰でもいいからこの蜂をどうにかしてほしい! 私の願いが届いたのか、おじさんは私と目が合うと、ニタァッと笑って席に近付いてきた。
「ブンブンなぁ、ぼく好きなんやわぁ」
そう言うと、おじさんは私……ではなく、私の席に引っ付いていた蜂に手を伸ばした。
蜂はおじさんの手が近付くとまた恐ろしい音を立てて席から飛び上がったが、何と、おじさんは飛んだ蜂を何事もなく素手で捕まえると、バチバチと暴れているその腹部をおつまみでも食べるかのように口に入れて噛みちぎった。
「んまぁーーーーーー、んまぁーーーーーーー!」
モグモグと咀嚼して動いている口から、プチプチと蜂の腹が潰れる音が聞こえる。
体の半分が無くなったというのに、手に摘まれている蜂の上半身や脚は抵抗を続けていた。
私は悲鳴を上げて席から飛び上がり逃げた。後ろから友達が何かを言っているのが聞こえるが、電車踏切駅舎を抜けてがむしゃらに走った。
結局、私は駅を出てから一キロ近く走り続けた。
膝に手をついて呼吸を整えていると、置き忘れていった私の荷物を持った友達が息も絶え絶えに後を追いかけてきてくれた。
友達も私のすぐ後を出てきたので、その後おじさんや車内の人がどうしたのかは知らないらしい。
あの恐怖は一生記憶に残るだろう。今日が期末の最終日でよかった。こんな日に勉強しても頭に入らないから。
おじさんは怖かったけど、蜂を退治してくれたことには感謝してる。
二度と会いたくないけど。
蜂おじさん ヰ島シマ @shima-ishima
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