媼憑(1) ※ガチホラー注意

 これは、『媼憑おうなづき』と呼ばれる怪異について記した手記である。

 もし、これを読んでいるあなたが、媼憑に関わっていないのであれば、このまま手記を閉じ、この地を去ることをお薦めする。

 そして、もしあなたが媼憑に関わっているのであれば、どうかこの手記を読み、無事いただきたい――そう、切に願う。


***


 日本海に面した石川県の北部、能登半島の海沿いに、深見町という何も無い町がある。

 そこの小さな神社の息子として生まれた私は、幼い頃から神や信仰、あの世について教え込まれていた。


 だからなのか、物心ついた時から、私には不思議なものが見えていた。


 それは、白いのようなもので、実体を伴わず、一般的な成人男性くらいの大きさをしていた。は常に私から半径五メートルほどの円の中におり、日中見えにくくなることはあっても、消えることは無かった。


 五歳の時、私が神主である父にそのことを告げると、父は「それはきっと守護霊様だ」と言った。


 亡くなった先祖の霊たちが、見えないチカラの集合体となって、最も幼い子孫を守っているんだよ、と。


 それを聞いた私は、に向かって言った。


「ずっと、僕のそばからおらんくならんといていなくならないでね」


 と。


 父は、目じりに優しげな皺を浮かべて、私の頭を撫でた。




 それから三か月後。私に嬉しいニュースが届いた。

 なんと、母が妊娠をしたのだ。


 もちろん、妊娠の意味など良く分からなかったが、とにかく「お前に弟か、妹が出来るがや」と聞いて、私は舞い上がった。


 ――ぼく、『おにいちゃん』になるんだ!


 幼稚園の友だちにも、すぐさま自慢して回った。

 弟妹きょうだいがいない友だちは、「いいなあ」と羨ましがったし、弟妹がいる友だちは、「するのもたいへんだぜ」と先輩ぶった。

 私は毎日、走って家まで帰ると、聴診器のように自らの耳を母のお腹へぴったりと寄せ、何か音が聞こえないか、と耳を澄ました。


 だが、残念ながら私に弟妹は出来なかった。

 母が、流産したのだ。


 悲しみに暮れる両親を見て、私は母の背中をさすった。

 『流産』というものが、ピンと来ていなかったのだ。

 ある日突然、生まれてくるはずだった弟妹の命が、何の前触れもなく失われるなど、信じられなかった。


 それから暫くして、母が再び妊娠した。私は年長になっていた。

 その頃の私は、妊娠中の母はガラス細工のように大事に扱わなければいけない、ということを理解できた。

 だから、私に出来る手伝いは何でもしたし、母の悪阻つわりがひどくなった時には、「救急車をよんでください!」と近所のおばさんの家に駆け込んだ。こちらの気も知らずに、からからと笑うおばさんの顔を見た時は、無性に腹が立ったものだ。


 だが、そうまでしても、やはり母は流産した。


 それから何と、母は翌年も、そのまた翌年も流産をした。

 私が五歳の時から、四年連続の出来事だった。


 両親は、もはや二人目の子供を諦めたようだった。

 特に母は、体力的にも精神的にもすっかり参っていて、父もそんな母に「もう一度挑戦しよう」と無理強いをすることなど、出来ようはずもなかった。


 私は、珍しく泣き喚きながら、両親に訴えた。「ぼく、きょうだいが欲しいよお」と。母はそんな私を抱きしめて、何度もごめんね、と謝った。だが、父は私を母から引きはがして、初めて私の頬をぶった。「お母さんが死んでも良いんか」と。私はより一層強く泣いた。父も、母も泣いていた。



 それから数か月が経って、私もすっかり弟妹のことなど忘れかけた頃、私は不思議な夢を見た。

 それは、私の周りに浮かぶ、あの白いが、大きく膨らんだ母の腹にまとわりつき、やがて母が股から血を流して倒れる……というものだった。

 夜中に目を覚ました私は、額にびっしょりとかいた汗を袖で拭うと、未だ私の周囲を漂うへと目を向けた。

 まさか、な……。


 だが、その夢は何日も続いた。

 そうして、悪夢にうなされる日々に耐えるうち、私は唐突に、あることに思い至ったのだ。


 初めて母が、弟妹を妊娠した日。私は、に何と言った?


 「ずっと、僕のそばからおらんくならんといてね」


 そう言ったのだ。



 もし、父の言う通り、このが守護霊だとして、≪≫いるのだとしたら……?


 ――。



 私の願いが、母を四度流産させたのか。こいつが、私の弟妹を、四人も殺したのか。


 私はを切り裂かんとするように、力を込めて両手を振り回した。そして、顔面を鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、「消えろ!消えろっ!」と何度も叫んだ。


 だが、は消えなかった。

 そしてその後も、毎夜悪夢は続いた。



 ――こいつを、どうにかしなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る