珍味!シェスネイク!(3)

「いや、ダメだろ、お前。休めとは言ったけどさ。1ヶ月とか」


休暇申請書を受け取った上司は、エラーを起こしたコピー機のように、私に突き返してきました。

しかし、私は引き下がりません。


押し問答の結果、何か私の異様な決意を感じ取ったのか、


「じゃあさ、休み明けた後、お前二十連勤な」


と負け惜しみのように言って、穴が開くくらい強く申請書にハンコを押しました。




そして私は、ペルーへと旅立ちました。


目指すは、ブラジルを横断し大西洋へと流れ出る、大アマゾン川の上流域。

旅立つまでの約一ヶ月に読み漁った文献で、最も多く『シェスネイク』の目撃証言があった場所です。


もちろん、私が行った下準備はそれだけではありません。

アマゾンを生き抜き、『シェスネイク』を確実に捕らえるため、極限まで己の肉体と精神を鍛え上げました。

究極の食事管理と地獄の筋トレ、サバイバル術の体得とグラップラー刃牙全巻読破。

勤務時間以外の全てを、余すことなく捧げました。


こうして、スタローンと藤岡弘を足して2で割ったような感じになった私は、バックパック一つでペルーの地へと降り立ったのです。


アメリカを経由し、ペルーの首都リマにあるホルヘ・チャベス空港まで二十時間。

休むことなく、北東部にある街、イキトスへと向かいます。

アマゾン川に面したイキトスは、その大自然を安全に楽しめるよう、しっかりと観光地化されている街です。

そのため、観光客へのホスピタリティも高く、チップをケチらなければ、現地民は友好的に接してくれます。


まさに情報収集にはうってつけ、私は片っ端から『シェスネイク』の目撃情報を聞き込みました。


ですが、やはり「『シェスネイク』を見た」という人の証言も様々で、残念ながらほとんどがガセネタ、あるいは勘違いであろう、胡散臭いものばかりでした。


私は聞き込みを諦め、自らの勘を頼りに『シェスネイク』を探すことにしました。


聞き込みに数日を費やし、私に与えられた猶予は、もはや三週間とわずか。決して長くはありません。


一泊してから、早朝に舟を借りた私は、川を下り、アマゾンの奥地へと入って行きました。


やがて日が沈み始め、「これ以上は進めない」という現地ガイドと分かれ、三週間後に迎えに来てもらう約束をすると、私は鬱蒼と茂る熱帯雨林の暗がりへと歩を進めました。


夜のアマゾンで、まず大切になるのは火起こしです。

危険な生物を寄せ付けない、あるいはその接近にいち早く気付くために、明かりを絶やしてはいけません。


ですが私は、敢えて火を起こさずに、頼りないペンライト一つで極力物音を立てないよう、ひっそりと息を潜めジャングルを進みました。


今の私は迷子ストレイ・キャットではありません。狩人ハンターなのです。


こうして、私は現地ガイドすら足を踏み入れない、危険だらけのアマゾンで、三週間を過ごしました。


三週間の間、命のやり取りは常に絶えませんでした。

特に夜は、体長五メートルにもなるクロコダイルが陸地に上がり、夜行性であるジャガーの活動が活発になります。


また鋭い爪や牙だけでなく、猛毒を持つ生物が数多く存在します。

バナナグモ、ヤドクガエル、バレット・アント、ナジャ・グランディーバ……アマゾンの危険生物は、枚挙に暇がありません。


ですが、全てスタ岡弘の敵ではありませんでした。


こうして私は、三週間を生き延びました。

私を迎えに来たガイドが、「まさか生きているとは思わなかった」と言ったことが、私の行動がいかに危険であったかを物語っています。


ですが、生還の喜びに浸る気にはなりませんでした。結局、私は当初の目的を果たせなかったのです。


そう、『シェスネイク』は見つかりませんでした。


三週間の間に、私は大小合わせて百匹以上のヘビに遭遇しました。

しかし、その全ては既に図鑑に載っているものばかり。実際食べてみても、美味い不味いの違いはあれど、所詮はヘビの味でした。


本当はもう、悟っていました。

『シェスネイク』なんていないのだと。


私は、『シェスネイク』を見つけられたなら、ようやく彼女のことを、に出来ると思っていたのです。

しかし、それはどうやら叶わぬ願いのようでした。

いや……本当は、私は最初からそんなこと分かっていて、ただ『シェスネイク』の向こう側に、彼女の幻を見ていたかっただけなのかもしれません。


私を乗せた飛行機が、イキトスの真っ直ぐに伸びた滑走路を、ゆっくりと飛び立ちました。

私は、眼下に広がる熱帯雨林から目を背けるように、深く瞼を閉じました。




つづく


※作中に登場する、「バナナグモ」「ヤドクガエル」「バレット・アント」「ナジャ・グランディーバ」は、全て実在の生物です。

そのため、インターネットで検索すると画像が表示される可能性がありますので、クモ、カエル、アリ、ドラァグクイーンが苦手な方はご注意下さい。

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