珍味!シェスネイク!(1)
1グラム4,000円。
何の値段かお分かりでしょうか?
世界三大珍味に数えられるキャビア、その最高級品の値段だそうです。
同じ重さである1円玉と比べると、その差は歴然!
実に4000倍の価値があるということです。
ほんのひとくち、いやひとなめ程度で4,000円。
本当にそれだけの価値があるのか?と貧乏人である私は疑ってしまいます。
ですが、世の中上には上がいる。
キャビアを遥かに凌駕する、幻の珍味。
『シェスネイク』です。
『シェスネイク』はその名の通り、ヘビの一種です。
なお爬虫類が苦手な方、生々しい描写は出てきませんので、どうかご安心下さい。
私が『シェスネイク』の存在を知ったのは、大学2年の時でした。
当時所属していた、『家から大学来るまでの間にある横断歩道の白いとこ以外踏んだら即大学辞めるサークル』で出逢った、1学年上の先輩…いや、後に私の恋人となる女性から教えてもらったのです。
彼女はサークルのマドンナでした。
恐らく、サークル内のほとんどの男子が、濃淡の違いはあれど、彼女に恋心を抱いていたはずです。
総勢300人を超える大きなサークルでしたから、まさか彼女の争奪戦に、私が優勝できるなんて思っていませんでした。
彼女は大きなつばのある帽子と、三つ編みがよく似合いました。
彼女は中高と図書委員を務め、年間100冊以上は本を読む、読書家でした。
彼女はペット禁止のマンションで、密かにヘビとヤモリとカエルを飼っていました。
そして彼女は、私を好きになりました。
「わたし、ペルーに行ってみたいな」
私たちが恋人になって初めての夏、炎天下を嫌って入った全国展開の回転寿司チェーン店で、まず最初に手を伸ばしたプリンを食べながら、彼女が唐突に言いました。
「ナスカの地上絵?」
「うーん、あんまり興味ない」
じゃあどうして、と聞く前に、彼女が言葉を続けました。
「死ぬまでに一度でいいから、食べてみたいものがあって」
彼女はいたずらっ子のように、白い歯を覗かせて私に向き直ります。
私の一番好きな表情です。
だから、例えそれがどんな願いであっても、聞き届けないわけにはいかないのです。
そう、彼女が死ぬまでに食べたいもの。それこそが、『シェスネイク』でした。
私は思いました。
え?ヘビ飼ってんのにヘビ食うの?
この女サイコパスじゃね?
ですが、たかがサイコパスだというだけで、彼女を嫌う理由にはなりません。
私は、『シェスネイク』の特徴を尋ねました。
まず、『シェスネイク』が市場に出回ることはありません。そう簡単に買えるものではないのです。
どころか、その姿すら、語る人によってその形を変えます。
10メートルを超える大蛇、いや尾が2つに分かれている、いやいや人の顔をしている、いやいやいや…。
なるほど、つまり『シェスネイク』とは、ペルー版のツチノコ的存在のようです。
「シェスネイクはね、かつてのインカ帝国では神の使いであり、不老不死の肉と信じられていたの。だから、王への供物として、たくさんのヘビが『シェスネイク』として捧げられた…。でも、当然不老不死なんてのは眉唾で、王が死んでそれが分かった時、これまで王に『シェスネイク』を捧げた人たちは、一族もろとも処刑された、なんて逸話も残ってる。その数は1万人にものぼったんだって」
インカ帝国怖え。
「でも、インカ帝国が滅んだ後も、『シェスネイク』を追い求める人は数多くいた。『シェスネイク』に関係する文献もいくつもあって、文献ごとに書いてあることが全く違ったりするんだけど…一つだけ共通してることがあるのね。それが、『シェスネイク』はこの世のものとは思えないほど美味だってことなの」
ここまで聞いても、私は『シェスネイク』にはさほど興味を惹かれてはいませんでした。
ただ、子どものように澄んだ瞳で、口早に話す彼女が眩しくて、その姿を目に焼き付けることに必死でした。
「どんな味なんだろ。私食レポしたい。『これはヘビのビッグバンやー!』とか言って」
だから当然、ペルーだろうとどこだろうと、彼女を連れて行くつもりでした。
そして、彼女の気が済むまで『シェスネイク』を探し回った後、結局見つからなかったねと落ち込む彼女を慰めながら、次はどこに行こうかと二人で悩む未来に、心を踊らせていました。
---けれども。
いつだって、別れは唐突に訪れます。
つづく
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